遠く、儚く。
3. 生クリーム事件



とある非番の日の夕方、新見が専門書に目を通しているとベランダの方からきゃーーーー!という叫び声が響いた。

何事かと思って咄嗟に窓の外を眺めるが特にこれといったトラブルがあったようには思えなかった。まさか…まさか…という考えから咄嗟に玄関に向かった。

玄関のドアを開けながら「いや…今自分が駆けつけたら監視してたみたいじゃないか……」「変質者に間違われたらひとたまりもない…」と新見は歩みを止める。


5分…10分……


何の音も聞こえない。
そりゃそうか…このマンション防音がとてもいい物件だもんな…。いや…もし1人で転んで頭でも打っていたら…??

変質者と間違えられるかもなんて悩んでる場合じゃないのか…?



覚悟を決めた新見が隣の大嶌宅のインターホンを鳴らす。

「ピンポーン」「ピンポーン」

数回鳴らすが返答はない。焦った新見がドアをノックしながら「大嶌さーん!大丈夫ですか??」と呼びかけるが返答はない。

自分の聞き間違えか…?いやでも間違いなく大嶌宅方向から聞こえてきたはず……



時間がどれだけ流れただろうか…
どうしようどうしようとドアの前をうろうろしていると…
チェーンをかけた状態でドアが少しだけ開いた。


「「あの…どちら様ですか?」」
想像外の幼い声が響き、新見の頭には??が浮かぶ。


「えっと……大嶌さん…」
「「うちに何のご用ですか??」」


明らかに幼い声だ。陰になっていてよく見えないが背丈は小学生だ。


「あの大嶌さん…お姉さん?ママ?大丈夫ですか?さっき叫び声聞こえてきて…大丈夫か心配になって…!あっ、隣の家の者です!!」

「「……」」

「あのっ…大嶌さんが怪我をされた時に手当した病院のお医者さんなんだ??変な人じゃなくて!もし転んだり頭打ったりしてないかなって心配で…!!医師の新見と言います!」

「「なぁーーーんだ笑笑笑笑」」


ケラケラと笑い転げる子供たちが、さっきよりも少し広くドアを開けてくれた。どちらも顔と全身に生クリームのような白いものが付いている。


「「ケーキ作ろうとしたんだけどりつが生クリーム落っことしたんです!」」
「「うるさくしてごめんなさい」」

ペコリと頭を下げる2人を新見は苦笑いしながら見つめる。


「いやいや全然大丈夫。2人とも怪我はない??もし片付けとか手伝い必要ならおじさんが手伝うよ?」
「「知らない人絶対に家に入れちゃいけないって言われてて……でも実はお皿割っちゃって…」」
「そっか…そうだよね…」
「「ん…でも隣のお医者さんなら…!」」
「「だめだよ!だめって言われてるじゃん!!」」
「「じゃあ電話して聞いてみる…!」」


ドタドタと家の中に入っていく足音がして数分後、ドアチェーンを外す音が聞こえた。


「「お家入っていいってーー!!」」
「あ、そうなの?本当に大丈夫なのかな?お家の人がOKって言ったんだよね?」
「「はい!隣の新見先生はいい人だから大丈夫だって!!」」
「あ…そっか…はは…笑」


家の中に通されてはっきりと見ると、2人の子供は背格好はほぼ全く同じ。双子か…??ランドセルが置いてあるところを見るとやはり小学生で間違いない。


見かけによらず…シングルマザーだったのか……

一体何歳の時に産んだんだ……?そもそも彼女は何歳なんだ???

とりあえず床に散乱した生クリームとお皿の破片を片付けないとな…… 2次事故に繋がりかねない…。


「とりあえずここの床にお皿の破片がたくさんあるから、こっちに来ないでね!おじさんが片付けちゃうから!2人はとりあえず服を着替えて来ようか?」
「「はい…すみません…ありがとうございます!」」
「「今日はママの誕生日で…ケーキ作ろうと思ってたんですけど失敗しちゃって…」」


テーブルの上を見ると、作りかけのケーキが置いたままになっていた。ハンドミキサーもない中で一生懸命泡立て器で生クリームを立てていたようだ…。

失敗に終わったとしたらどれだけ落ち込むだろうか…


「大丈夫だよ!生クリームだけもう一回買ってきて作り直せばいいよ!これ片付けたらまた買いに行こう!」


新見が優しく双子にそう話すと2人の表情が一気に明るくなるのが分かった。

2人がそれぞれの部屋に入っていくのを見守って、新見はせっせと片付けを進めていく。


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