あなた専属になります

貫いた想い

「優美、二人でどこかで暮らさないか」

雪に閉ざされた夜、突然河内さんに言われた言葉──

「えっ……ど、どうしたんですか?」

突然の言葉に戸惑いを隠せなかった。

「……冗談だ」

そう言いながらも、河内さんの瞳は全く冗談に見えなかった。

「寝る」

河内さんはそのまま私に背を向けて眠ってしまった。

その夜、私は一睡もできなかった。

『二人でどこかで暮らさないか』

冗談って言ったけど、絶対に違う。

河内さんの表情は真剣だった。

でも、どういう意味なんだろう...

* * *

次の日には雪は止んで、私たちは目的地に無事たどり着き、河内さんは仕事を終えた。

出張中、河内さんは夜の言葉についてそれ以上なにも説明もなく、曖昧なまま私たちは帰ってきた。

空港に着いた後、河内さんは私を自宅まで送ってくれた。

「ここが優美の住んでいるところか」

「はい……お恥ずかしい限りです」

借金返済の負担にならないような物件に住んでいる。

「色々心配だ」

少し河内さんの表情が穏やかになった。

まずい……

喉の奥まで出かかっている。
まだ帰りたくない。

そう思ってしまった。

私はそれをなんとか我慢した。

「送って頂きありがとうございます」

私が助手席から降りようとした時、

「優美」

振り返ったら、河内さんの唇が触れた。

「おやすみ」

河内さんは去って行った。

何を悩んでいるのだろう。

いつか私に打ち明けてくれるのだろうか。

唇に残った温もりに、何故か胸が苦しくなった。

* * *

その日、河内さんは一日外出予定だった。

私は資料整理をしていた。

そんな夕方のことだった。

経営企画室のドアがノックされた。

「はい」

私がドアを開けると、秘書課の女性社員が立っていた。

「藤田さん。社長がお呼びです」

「え...?」

血の気が引いた。

社長...?

なぜ私が...?

「今すぐ来てください」

* * *

社長室の扉の前で、私は深呼吸をした。

手が震えている。

ドアを恐る恐るノックした。

「はい」

低い声が響いた。

「藤田です」

「入れ」

ドアを開けた瞬間、重苦しい空気に包まれた。

大きな机の奥に座るのは、鋭い眼差しを持つ男性。

河内さんに似た顔立ちだけど、その目は冷徹で揺らぎがない。

「君が......藤田優美さんか」

「はい...」

机の上に一枚の写真が置かれているのが見えた。

それを見た瞬間、息が止まった。

あの日、河内さんに送られてきた私たちの写真。

どうして...この写真が...?

まさか……これを河内さんに送ったのって……。

「借金を抱え、うちの会社の職員でありながら夜の店で働いていた。そして息子と恋人関係にある」

社長の声は氷のように冷たかった。

「全部、知っている」

全身に冷や汗が流れた。

全部...知られてしまっている。

全部見られていたんだ。

たまに感じていた視線は気のせいじゃなかった。

「息子は将来この会社を背負う立場だ。君のような女性と付き合うのは息子の経歴に傷がつく」

傷……

その言葉が胸に刺さった。

「君が息子の事を本当に想っているなら、どうするべきだと思う」

その冷たい視線に心が挫けそうになる。

でも私は決めたんだ。

河内さんの気持ちを聞いたあの日、二人の未来を勝手に決めないと。

私は顔を上げて、社長の目をまっすぐ見た。

「副社長の将来を決めるのは、彼自身です」

社長の眉がピクリと動いた。

「そして、私の将来も、私が決めます」

一瞬の沈黙が流れた。

社長の目が細められる。

「......君の考えはわかった。」

社長はしばらく私を見つめていたが、やがて立ち上がった。

「もういい。下がれ」

「失礼いたします」

社長室を出た瞬間、膝が震えた。

でも胸の奥では、確かな何かが灯っていた。

私は諦めない。

* * *

仕事の帰り、オフィスビルから出ようとすると河内さんから着信があった。

「お疲れ様です…どうされましたか?」

「優美、今すぐ俺の部屋に来い」

なんとなく声のトーンがいつもより低い。

「何かあったんですか?」

「...父に会ったんだろう」

やっぱり知っていた。

「はい...」

「すぐに来てくれ。話がある」

電話が切れた。
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