あなた専属になります

ブレーキ

秋月さんと駅までただ歩いていた。

特に何も話さず……

話すとまた詮索されるのも嫌だし、これくらいの距離感の方がいい。

「……昨日は余計な事を話してしまってごめん」

秋月さんが呟いた。

「あまり気にしてないので大丈夫です」

謝られると思ってなくて驚いた。

「俺がこれから言うことは独り言だと思って聞き流してもらっていい」

秋月さんは少し俯きながら歩いている。

「俺は……遠距離恋愛をずっと続けていた彼女とずっと一緒に居たくて結婚したんだ。でも、一緒に住んで毎日一緒に居るのに、お互い仕事ですれ違ってばかりで、それでぶつかりあってるうちに、会話もしなくなった。」

こんなプライベートな話をなんで私にしてくるんだろう。

「三年前にあの店に行ったのは、もう彼女との関係に疲れて自暴自棄になってたからなんだよ」

雨がポツポツ降り出した。

だんだんと強くなって近くの建物の軒下に二人で避難した。

「通り雨かな」

雨で少し髪が濡れた秋月さんは儚げだった。

「君があの時接客してくれてさ。お酒飲めないのにあの仕事して、雰囲気的にそういう店で働くタイプにも見えなかったから、ずっと忘れられなかった」

秋月さんと目があった。

「無理して頑張ってる君を見て、俺ももうちょっと頑張ってみようと思えたんだよ」

河内さんと同じ事を言ってきて動揺した。

「お力になれたらなら幸いです」

秋月さんは少し笑った。

「頑なだね。もっと打ち解けられたらいいんだねど。」

「恋人がいるので……」

「もしかして彼氏さん束縛が激しいタイプ?」

図星だ。

「藤田さんしっかりしてそうだけど、健気なんだよね。見てて」

よくわからない。でも

「私は仕事以外であなたとこれ以上関わるつもりはないです」

引っ張られちゃだめだ。

「ごめん。また余計な事言ったね。嫌な思いさせてごめん」

秋月さんは軒下から出た。

「じゃあ俺は先に帰るね」

足早に行ってしまった。

あの人はきっと、これ以上足を踏み込むと抜け出せなくなるタイプだ。

私なんかは特に。

これ以上プライベートで関わりたくないけど、知りたいと思ってしまった自分にブレーキをかけた。

そのまま雨が落ち着いてから、私も帰った。

あの儚げな表情が頭から離れなかった。
< 42 / 62 >

この作品をシェア

pagetop