あなた専属になります
番外編 河内という男
※河内の生い立ちから優美に出会うまでを書いた番外編となっております。本編と内容が少し違う部分がありますが、そこは気にしないで頂ければと思います。
***
母が亡くなるまでは平和だった。
父が社長、母は専業主婦、兄と姉がいた。
母が亡くなってから、父と兄の仲が険悪になった。
後継になる予定だった兄は高校を卒業した後、家を出て行った。
今はベンチャー企業の社長をしている。
姉は政略結婚で嫁いだが、夫婦仲が冷え切っていて、夫婦それぞれ別の人と恋愛をしている。
兄と姉と歳が離れてる俺は、兄を反面教師にし、父の会社を継ぐ事を強く言われた。
誰も俺を庇う人はいなかった。
父との生活は息苦しく、でも自分がやらないといけないという責任感はあった。
社会人になる前から叩き込まれた会社の経営状況。
そんな俺はまともな恋愛なんてできなかった。
そして大学を卒業してすぐ、「外で実力や人脈を身につけろ」という理由から外資系の企業に就職、暫く海外で仕事をしていた。
この時の記憶はあまりない。
ただ、黙々と仕事をこなしていた気がする。
それから数年後、父の会社に正式入社し、現場経験をこなして数年経った後、役員に就任した。
まだ30になったばかり、他の役員からは冷ややかな目で見られた。
それでも、やるしかなかった。
ここで腐りたくなかった。
たとえレールの上を走ってても。
程なくして副社長に就任した。
* * *
――副社長に就任してから、最初の大きな試練が訪れた。
役員会議室には重たい空気が漂っていた。
業績は落ち込み、銀行からの圧力も強まっている。
古参の専務が口を開いた。
「人件費を削るしかありません。最低でも200人は切るべきでしょう」
他の役員たちもうなずく。
そこにあるのは冷たい数字だけ。社員は「人間」ではなく「コスト」にすぎなかった。
頭に浮かんだのは、工場で汗を流す若い社員の顔、家族のために必死で働く中堅社員の背中だった。
――こんな理屈で彼らを切り捨ててたまるか。
「……それは違う。社員を切り捨てて延命するだけなら、会社に未来はありません」
そう言った俺を、専務は鼻で笑った。
「理想論だ。君はまだ若い。経営の厳しさを知らんのだ」
一瞬、迷いがよぎった。
だが覚悟を決める。
「では、まずは俺の役員報酬を全額カットしてください。外資時代の人脈を使って新規契約を取りに行きます。時間をください。社員を切る前に、経営陣が血を流すのが筋でしょう」
会議室がざわめいた。
古参役員たちは動揺し、父は黙って俺を見つめていた。
* * *
数週間後。
俺は海外の取引先から大型契約を取り付け、資金繰りの目処をつけて戻ってきた。
リストラは回避された。
昼休み、社員食堂にふらりと顔を出した俺を、最初に気づいたのは若い社員だった。
「あの……副社長……ありがとうございます」
ぽつりとした声が、やがて拍手に変わった。
一人、二人……気づけば食堂全体が拍手で満ちていた。
俺は立ち尽くしたまま、深く頭を下げた。
――俺はただの御曹司じゃない。
本当に、この会社を守れるかもしれない。
それでも家に帰ると、虚しさが襲ってくる。
仕事で成果を上げても、何も満たされなかった。
いつも期待されるのは「社長の息子」としての俺だけだった。
***
母が亡くなるまでは平和だった。
父が社長、母は専業主婦、兄と姉がいた。
母が亡くなってから、父と兄の仲が険悪になった。
後継になる予定だった兄は高校を卒業した後、家を出て行った。
今はベンチャー企業の社長をしている。
姉は政略結婚で嫁いだが、夫婦仲が冷え切っていて、夫婦それぞれ別の人と恋愛をしている。
兄と姉と歳が離れてる俺は、兄を反面教師にし、父の会社を継ぐ事を強く言われた。
誰も俺を庇う人はいなかった。
父との生活は息苦しく、でも自分がやらないといけないという責任感はあった。
社会人になる前から叩き込まれた会社の経営状況。
そんな俺はまともな恋愛なんてできなかった。
そして大学を卒業してすぐ、「外で実力や人脈を身につけろ」という理由から外資系の企業に就職、暫く海外で仕事をしていた。
この時の記憶はあまりない。
ただ、黙々と仕事をこなしていた気がする。
それから数年後、父の会社に正式入社し、現場経験をこなして数年経った後、役員に就任した。
まだ30になったばかり、他の役員からは冷ややかな目で見られた。
それでも、やるしかなかった。
ここで腐りたくなかった。
たとえレールの上を走ってても。
程なくして副社長に就任した。
* * *
――副社長に就任してから、最初の大きな試練が訪れた。
役員会議室には重たい空気が漂っていた。
業績は落ち込み、銀行からの圧力も強まっている。
古参の専務が口を開いた。
「人件費を削るしかありません。最低でも200人は切るべきでしょう」
他の役員たちもうなずく。
そこにあるのは冷たい数字だけ。社員は「人間」ではなく「コスト」にすぎなかった。
頭に浮かんだのは、工場で汗を流す若い社員の顔、家族のために必死で働く中堅社員の背中だった。
――こんな理屈で彼らを切り捨ててたまるか。
「……それは違う。社員を切り捨てて延命するだけなら、会社に未来はありません」
そう言った俺を、専務は鼻で笑った。
「理想論だ。君はまだ若い。経営の厳しさを知らんのだ」
一瞬、迷いがよぎった。
だが覚悟を決める。
「では、まずは俺の役員報酬を全額カットしてください。外資時代の人脈を使って新規契約を取りに行きます。時間をください。社員を切る前に、経営陣が血を流すのが筋でしょう」
会議室がざわめいた。
古参役員たちは動揺し、父は黙って俺を見つめていた。
* * *
数週間後。
俺は海外の取引先から大型契約を取り付け、資金繰りの目処をつけて戻ってきた。
リストラは回避された。
昼休み、社員食堂にふらりと顔を出した俺を、最初に気づいたのは若い社員だった。
「あの……副社長……ありがとうございます」
ぽつりとした声が、やがて拍手に変わった。
一人、二人……気づけば食堂全体が拍手で満ちていた。
俺は立ち尽くしたまま、深く頭を下げた。
――俺はただの御曹司じゃない。
本当に、この会社を守れるかもしれない。
それでも家に帰ると、虚しさが襲ってくる。
仕事で成果を上げても、何も満たされなかった。
いつも期待されるのは「社長の息子」としての俺だけだった。