あなた専属になります
<ヒールの折れた靴>

それから海外の支社に行ったり来たりを繰り返していた。

でも、やっと日本で腰を据えて仕事ができるようになった。

* * *

その日は家にすぐに帰る気になれなかった。

仕事帰りに夜の街を彷徨っていた。

その時突然、誰かがぶつかってきた。

ぶつかった後、反動で倒れて床でうずくまっている。

「大丈夫か…?」

怪我をしてたらこのままにできない。

「ごめんなさい……ヒールが折れました…」

その女の靴を見たらヒールが根本から折れていた。

思わず笑いそうになった。

「靴、買うか?」

「いえ、仕事があるので……」

その女はヒールの折れた靴を履いたまま、足を引き摺るようにして歩いて行った。

これから仕事……?

見た目はどう考えても会社員。

俺は気になってその女を追って行った。

その女が向かった先は、ラウンジだった。

あまりよく顔は見てなかったが、雰囲気からして全くラウンジ嬢っぽくない。

なぜこんなところに?

気になった俺は入ってみた。

「いらっしゃいませ、ようこそ」

店員が挨拶する。

中は煌びやかな場所だった。

ラウンジに来た事は今まで一度もなかった。

席についた俺はさっきの女がいるか店を見渡して探した。

でも、見つからなかった。

その後、店から嬢を次々紹介された。

紹介された女達には全くあの女の面影はない。

裏で仕事をしてるのか?

なら会う事は難しい……

その時突然一人の女が駆け寄ってきた。

「初めまして、さくらと申します。」

──あの女だ。

全くさっきと雰囲気が違う。

割と品がある。

ただ……どう考えてもここの他の嬢と違ってかなり無理をしている。

表面は取り繕っている。

きっと、本当はヒールが折れた靴を履いたまま街を歩く女なんだろう。

「この子で」

気になって指名した。

明らかに動揺している。

自己肯定感が低そうだ。

俺みたいに。

隣についたその女は、酒を注ぐ所作はとても美しかった。

よく見ると、目立つタイプではないが、綺麗な顔をしている。

当たり障りのない会話が続く。

俺はそれよりもっと聞きたい。

なんでこの仕事をしているか。

結局まともに会話はしなかったが、次こそ聞いてみよう。

そう決めた。

* * *

次の日

なぜか気持ちがいつもより軽かった。

理由はよくわからないが、あの女が原因かもしれない。

俺はいつも通りまた会社に行く。

総務に用事があってオフィスを歩いていると……

ある女と目が合った。

昨日の女だった。

かなり驚いた。

うちの社員だったのか。

その女は身を潜めた。

今更遅い。

捕まえた。

振り返ったその顔は引き攣っていた。

この時俺は何故か心が躍った。

そして気づいた。

初めて会った時から惹かれていた事に。

──fin

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