あなた専属になります

番外編 永遠の専属契約

※二人が本当の夫婦になった日を書きました。

***

東京で婚姻届を提出したその日、私たちは空港にいた。

行き先は、三年前のあの雪の夜を過ごした温泉旅館――。

「本当に、また来ましたね」

機内で私がつぶやくと、河内さんは窓の外の雲を眺めながら静かに答えた。

「あの時の答えを、あそこで聞きたいんだ」

あの大雪の夜。彼が突然口にした言葉が、今でも心の奥で響いている。

『二人でどこかで暮らさないか』

* * *

夕暮れ時、懐かしい木造の玄関に足を向けた。

「おかえりなさいませ。この度はおめでとうございます」

女将さんは私たちを見て、目を細めて微笑んだ。

え……なんで女将さん知っているの?

河内さんの方を見ると、笑みを浮かべている。

いつの間にか連絡とをとっていたんだ。

「お二人の幸せそうなお顔を見ていると、こちらまで嬉しくなります」

案内された部屋は、三年前のあの日泊まった客室だった。

けれど畳に足をつけた瞬間、あの時とは全く違う気持ちが胸を満たした。

――三年前、私はここで一睡もできなかった。

河内さんの言葉が冗談なのか本気なのかわからず、自分の気持ちすらわからず、ただ混乱していた。

河内さんもまた、翌朝「冗談だ」と言ってごまかしていた。

お互い、本当の気持ちを伝える勇気がなかった。

でも今は違う。

* * *

「本日は特別に、新婚のお祝いとして心ばかりの祝膳をご用意いたしました」

運ばれてきた料理は、三年前よりもさらに豪華だった。

鯛の尾頭付き、お赤飯、紅白のお吸い物。

「女将さんが気を遣ってくださったんですね」

「ああ。あの時も世話になったからな」

河内さんがお猪口を持ち上げる。

私は烏龍茶の湯呑みを持った。

「乾杯」

お互いを見つめ合って、小さく笑った。

「あの時はこんな風に笑えなかったな」

河内さんがしみじみと言う。

「はい。私、あの時は河内さんがよくわからなくて混乱してました」

「あの時は……かなり精神的にきつかったな」

河内さんのお父さんから反対された私たちの関係。

あれがきっかけで離れ離れになってしまった。

今だから言える本音だった。

* * *

食事を終えると、女将さんは静かに襖を閉めて退室した。

部屋に残ったのは、夫婦になったばかりの二人だけ。

窓の外では、夜が静かに更けていく。

三年前と同じ景色なのに、心境は全く違った。

「優美」

河内さんが正座をして、私の前に座った。

その手には、小さな箱があった。

「これを渡すために、ここに来たかった」

箱を開けると、シンプルで上品な結婚指輪が二つ、月明かりを受けて静かに光っていた。

「三年前、この部屋で『二人で暮らさないか』と言った。あの時は冗談でごまかしたけれど、本当は真剣だった」

河内さんの声が微かに震えた。

「でも俺には、お前の答えを待つ勇気がなかった。拒絶されるのが怖くて、逃げてしまった」

私も正座をし直して、彼と向き合った。

「私も、あの時は怖くて逃げてしまいました。でも今は違います」

河内さんが私の左手を取る。

薬指に、そっと指輪をはめてくれた。

「改めて聞く。優美、俺と一緒にいてくれるか。この先ずっと」

その瞳に迷いはない。

私も迷わず答えた。

「はい。ずっと一緒にいます。どこにも行きません」

今度は私が、河内さんの薬指に指輪をはめた。

確かな気持ちを込めて。

「……やっと、あの時の答えをもらえたな」

河内さんが安堵の表情を浮かべる。

「遅くなってごめんなさい。でも、これが私の本当の気持ちです」

お互いの左手薬指で、指輪がそっと触れ合う。

私たちの永遠の証。

* * *

「優美」

河内さんが私を抱き寄せる。

あの時とは違う、穏やかで確かな温もりだった。

「永遠の専属契約だな」

その言葉を聞いた瞬間、少し笑ってしまった。

「はい。これは法的契約ですしね」

あの時のように迷ったり、恐れることもない。

ただ愛する人との幸せを、心の底から感じていた。

遠くで温泉の湯が流れる音がする。

この部屋で、私たちは本当の意味で夫婦になった。

そっと唇を重ねた。

薬指の指輪が、月明かりの中で静かに輝いている。

三年前の迷いと恐れは、今夜、愛と確信に変わった。

――fin
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