【十六夜月のラブレター another side】イケメンエリート営業部員入谷柊哉くんは拗らせすぎてる
定時になると俺を置いて彼女は真っ先にオフィスを出て行った。

一緒に帰りたかったのに。

そんなに俺と一緒のところは見られたくないことなのか?

店の予約時間までまだ大分あるから仕事を続けていると、前川さんに声を掛けられた。

「入谷さん、よかったら今日も飲みに行きませんか? 総務部の同期の子が入谷さんと一緒に飲みたいって言ってて」

「ああ、ごめん。今日は深沢さんと飲みに行くから」

「深沢さん?」

「うん、深沢さん」

「え? もしかして同じ2課の深沢さんですか?」

「そうだよ」

前川さんがひどく驚いた様子で言う。

「なんでですか!?」

「なんとなくノリで」

「そんな……あの深沢さんがノリで飲みに行くなんて……わかりました……」

「ごめんね。また誘って」

いそいそと前川さんがフロアを出て行く。

おそらく今から一瞬で、俺と彼女が飲みにいくことは東京支社中に広まるだろう。

彼女は嫌がるだろうが俺は構わない。

囲い込まれた羊のように彼女が逃げられなくなって、俺が直接手を下さずとも捕まえられるならそんなコスパのいい話はない。

彼女と会う店は東京出張の時に度々使っていた旧い日本家屋の高級日本料理店を予約した。

静かな場所でゆっくり二人きりで話がしたかったから。

待ち合わせ時間の30分前に到着し、中庭を囲む回廊を歩いて通された個室に彼女はまだ来ていなかった。

当たり前だ。30分も早く来ている俺の方がどうかしている。

でも遅れればそれだけ彼女と会える時間をロスする。

せっかく一緒に過ごせる貴重な時間を一分一秒であろうと無駄にしたくない。

待ち合わせ時間の10分前に彼女はやって来た。

「遅くなってすみません」

「遅くはなってないよ。俺が時間より早く来てるだけだから。コース料理でいい?」

「はい」

予約時にメニューはもう決めていた。夜の和食コース3万円~。

乾杯の酒を何にしようか考えていると彼女が気まずそうに口を開いた。

「あの、すみません。入谷さんの分だけ注文してもらうのは可能ですか? 私はお水でいいので」

「お水!?」

「ほら私、投資で失敗してるからお金ないんです。あ、でもこういう高級なお店だとお水も無料じゃないか……」

「心配しなくていいよ、最初から奢るつもりだったから」

「でも3万円ですよ!?」

「俺、君と違って投資で成功してるから金に余裕あるし」

本当に最初から奢るつもりだったから高い店を選んだし、これ以上彼女が遠慮しないようわざと意地悪く言った。

「ビールでいい?」

彼女が頷いてくれたので二人分のコースとビールを注文する。
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