バレちゃいけない、イケメン俳優と私の秘蜜婚
現在
カタカタカタ。
在宅で仕事をしていた私は時計を見た。
二十二時。
大人気インタビュー番組が始まる。

「時間だわ」

 TVをつける。
 画面の中からテーマソングが聞こえてきたと思ったら、ぱっと女性が画面に映りこむ。
 
<今日のお客様は、今もっとも旬な男! 俳優の峰ヶ崎響也(みねがさき きょうや)さんでいらっしゃいます>

 番組のインタビュアーがいうと、1カメがパンしてゲストをクローズアップする。
 上座に座った男がカメラではなく、インタビュアーに会釈した。
 どきん。

「こういうところがニクいのよね。人気稼業のくせに、目の前の人を大切にしてる、って仕草が」

 私はクッションを抱きしめながら思う。

<あらためて雑誌ドラマ人(びと)、【女性が選ぶ、抱かれたい男ランキング】連続三年一位! おめでとうございます>

 インタビュアーがにこやかに讃えると、ソファにゆったりと腰掛けた男性は艶やかに微笑んだ。

<ありがとうございます。光栄ですが、複雑ですね>

 画面の中の響也さんが苦笑する。

「……ほんとに嫌味なくらいのイケメンなんだから」

 激甘な笑顔と、真面目な顔をしているときの落差が激しすぎる。

 黒に近いこげ茶でツヤッツヤな髪。少しウエーブがかかっていて、煩そうに跳ねのける手。
 さりげなくカフスボタンが外されていて、垣間見える腕の筋にどきりとなる。

 ときおり、カメラに視線を当ててくる。……私を見つめていると錯覚して、どきんと心臓が高く鳴った。

<俳優なので、演技を評価していただければ>

 ふとした拍子に『様々な経験を重ねた、大人です』みたいな渋みまで出してくる。
 三十歳という歳はイケオジと呼ぶには早すぎるけれど、彼の二十年後はますますいい男になっている予感しかない。

 ……私。二十年後は彼に見合う女になっているのだろうか。そんなことを考えた自分にギョッとする。

 彼より二つ下の二十八歳。
 リモートワークの事務職といえば聞こえがいいけれど。
 私設ファンクラブの取りまとめ兼、響也さんの付き人という曖昧な立ち位置。
 見た目も中肉中背、大衆の中に紛れてしまえば見つけられないくらい、地味な顔立ち。

 引き換え、彼はたとえ顔を隠していても、溢れ出るオーラで只者ではないと気づかせてしまう。
 一般人とキラキラ芸能人が同じ土俵に立てるわけないのに。
 そんな人と同じ場所に立っていたいなんて。妻とはいえ、なにを考えているんだ、私。

「いかん、集中」

 付き人として『峰ヶ崎 響也』をチェックして、ブラッシュアップさせるんだから。

<……でも、ファンの方にそう考えて頂けるのは誇らしいですね。男としてはやはり、女性に”このオトコに抱かれたい”と思われてナンボですから>

 TVの中で響也さんが、よそ行きの声でワルそうなことを言う。
 人気稼業だから仕方ないけど、微笑みかけられてインタビュアーがぽうっとしてる。ああ、また犠牲者が。

「レディキラーだなぁ」

 さりげなくボタンを二つ外している隙間からのぞく、胸の厚み。ここでセクスィーさをアピール。あの胸に唇と手を這わせたいって女なら想うよね。――いや、男もか。

『峰ヶ崎響也』がテーブルの上から優雅にグラスを持ち上げて、口に含む。
 嚥下するために、上下に動いた喉仏。
 グラスを弄ぶ男らしい節高な指。
 心得たもので、カメラがそれらを画面に入れてくる。

 画面のウチソトで生唾ゴクリて音がそこかしこでしているはず。……もちろん、私もその一人。

「……この瞬間、視聴率あがったよね」

 喉にはりついたような、奇妙な声で私はひとりごちる。
 鼻血なんか出さないんだからっ。私は、誰よりもこの(ひと)のお色気ムンムンな姿を見慣れているんだから!

「三つ外すと、エロおやじになる人もいるから、加減は大事よね」
「ま、な」

 リアル響也さんがソファに寝っ転がったまま、相槌を打ってきた。
 番組は公開録画なので、彼は今日と明日オフである。

 彼がふわあと大きく伸びをした。
 チラリと見れば、見事に割れたシックスパックを惜しげもなく晒している。
 スウエットのゴムの上から見える腹斜筋、触りたくて仕方ない。

 眼の下にクマを飼っていてて、無精髭がアゴを覆っている。
 いつもより三割増しでセクシー&ワイルド。普通なら情けないはずなのに、ずるくない? しかも、可愛い。愛おしくて、頭を撫でていたわってあげたい。

「雑誌掲載なら夜っぽさも必要だけど、TV番組だからな。エッチいよりは爽やかさをアピールしないとな」
「でも、悩殺ビームは発射しまくってるよ」
「そうか? 手加減してるんだけど」

 あれで? 見慣れているのにときめいていしまう。きっと他の響也さんファンもそうに違いない。
 私は本物の彼より、画面に集中する。
 
「モデル並みにスタイルいいって、人としてどうなの」
 
 一九二センチもあるのに体重は七九・二キロ。
 
 細身の体だけれど、ボタンを二つ外したシャツからほのかに見える胸筋。
 カフスボタンをあえてしていない袖から見える、筋張った腕。
 ソファに座っていても長いとわかる脚。脚を組んだことでチラ見できた足首。あの爪先にぐりぐりされたいよね。どこをって? それは言えない。

 群青色のシャツと同じ色かと見間違いそうになる濃藍のスーツ。生地に織り込まれているほっそいストライプは、よく見れば薄いピンクで胸ポケットにさしたチーフと合わせてある。こんな恰好、他の人がすれば単なるナンパなあんちゃんか、悪くするとチンピラにしか見えない。

 なのにTVの中の男は、さもオーダーメイドのように着こなしている。カッコよすぎてムカつくのよ、この粋っぷり。

「今頃、TV局に『響也さまが着てらしたブランドはどこ?』て問い合わせが殺到しているよね」

「イメージ商売だ。それなりのモノは身に着けているからな」

 響也さんが手を伸ばしてきて私の髪を弄ってくる。
 ううう。
 無意識なんだろうけれど、一々心臓が跳ねるんだってば。

「本人は一円も出してないんだけどな」

 彼くらい人気俳優さんだと、ブランドの方から貸与だ。彼の人気度や露出度を考えると、こぞってオファーがくるのも頷ける。

「問題は、あなたが身に着けると量販店のぶらさがりのスーツでさえ、ハイブランドしか見えないってこと」

 そろそろ管轄から『詐欺だ』とかで取り調べられるのでは?

 普段着は近所のスーパーで揃えた、2千円でおつりがくるTシャツとスウエットパンツだってリークしちゃいたい。
 油断している姿を盗撮して、生写真を売ってやろうかな。絶対、需要あるははず、と悪魔な私は考える。

「リークしていいぞ?」

 見透かしたように響也さんが耳元で囁く。

「俺のそんな姿を知っているのは冴しかいないって、匂わせしてよ」
 
 色っぽく、熱のこもった声にぞくんとする。
 イケメンは声もイケヴォなんだから。

「しない」

 私のきっぱりした言葉に彼は驚いたようだった。

「あと、一日だ。記事になる頃には、社長の出した条件、成立している」

 そう。
【三年間、二人が夫婦とバレなければ二人の仲を公表してもいい】と言われた日から、今日で二年と十一か月、二九日。
 もうじき私たちが結婚していることを世間に言える。

「もったいないでしょ」 
「うん?」
「俳優を脱いでくつろいでいる響也さんは、私だけのものだもん」

 私の心の宝箱にしまっておく。
 
「冴、好きだ」

 声とともにあごを掴まれて、顔を後ろに向けさせられた。
 唇が重ねられる。

「今日まで待たせた」
「ううん。三百六十五日、響也さんの傍にいられて幸せだった」

 彼は推しで大好きな人で私の旦那様。
 舞台も舞台裏も一緒だなんて、付き人にならなければ経験できなかった。

「もっと幸せにする」
「響也さん……」

 彼は私の口の中に舌を差し込んできた。そして手を伸ばすと私を自分の体の上に引き上げる。

「ん……」

<演技といえば。初の主演映画『眠らない街』が明日から全国で一斉に公開されますね>
<はい>

 監督にスカウトされた映画が封切りされるのは明日で、響也さんはプロモーション活動のため、ここ一週間ほど色々なメディアに顔出しをしていたのだ。寝る暇もないほどだったスケジュールを、彼は嫌な顔一つせず精力的にこなしてきた。
 そうやってもぎとった、二日間の休み。
 彼は私の傍にいることを選んでくれた。

<どんな作品なのか、伺っても?>
<この作品の見どころは>

 TVの中で、響也さんが喋っている。
 と、リアルな彼の手がリモコンを振りかざし、画面をオフにした。
 私は抗議する。

「見て、たのに」

 洋服の中に手を入れられて、まさぐられていた。
 くるりと体の位置が入れ替わる。

「目の前の俺に集中して?」

 ……うん。
 響也さんの重み、彼の体臭と混じったコロンの匂い。
 今日の彼は私だけの『児玉響也』だ。

 彼の手も私の体を味わうように、いやらしく這いまわる。
 ブラジャーのふちを辿っていた手が、もどかしそうな苛立たしげな動きをしていた。けれど、ようやく侵入口を見つけたらしい。レースの下にいそいそと入り込んできた。

 乏しい曲線を味わうように、肩甲骨のあたりから腰のくびれまで、手を何度も往復される。ショーツから潜り込んだ手の方は鼠蹊部や下生えをやんわりと撫でてきた。

 その間もキスは止まることがない。
 響也さんの舌や手が、的確に私の性感帯(よわいところ)を攻めてくる。

 「うんっ、ふ、ぅん……」

 淫らな気分が高まっていく。
 つ、とつま先で胸の先端を引っ掻かれて、びくんと体が跳ねた。
 もう一方の手先が蜜口に到達する。

 「っ、」

 ソコが蜜でぐちょぐちょになっているのがわかる。私、キスだけで蕩けちゃうなんて、お手軽過ぎない?
 わざとなのか、偶然なのか。
 時折つるん、と指の先が蜜口からナカへと入り込む。焦らされて、もどかしくて私は腰を響也さんに押しつけた。

 「んんっ」

 響也さんの指は、明確な意思をもって私を高めていく。
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