離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 ふたりを見て驚いたのは周囲の人たちだった。
 盛大な音楽が鳴り響く中、誰もが視線をふたりに向け、ささやき合っている。

「あの人形侯爵が、踊っている?」
「しかも笑っている」
「信じられない」
「侯爵様のダンスなんて一度も拝見したことがないわよ」
「会話さえ、ほとんどなさらなかった方なのに」

 周囲は驚愕の声からだんだんと、称賛の声に変わっていく。

「奥様と仲睦まじい様子じゃないか」
「まるで初々しい恋人同士のようだわ」
「息がぴったりだな」
「本当に。うらやましいわ」

 そんな周囲の声は音楽にかき消されて、フィリクスとアリシアの耳には届かない。
 そもそもアリシアの目にはフィリクスしか映っていなかった。
 誰の視線も気にならず、ふたりだけの時間を過ごしているような気持ちだ。

「アリシア」
「はい」
「君はダンスが上手だ」
「ありがとうございます。旦那様も」
「それは君のおかげだ」

 フィリクスがアリシアの腰を抱いて顔を近づける。
 間近で目が合った瞬間、アリシアは頬を赤らめながら微笑んだ。
 するとフィリクスはぼそりと言った。

「君は綺麗だ」
「旦那様も、とっても素敵です」

 ふたりがそんな言葉を交わしていることなど、誰も気づかない。
 やがて音楽が鳴りやんで、ダンスが終わると、周囲から盛大な拍手が湧き起こった。

「本当にお似合いのふたりだわ」
「あんな夫婦になりたいわね」
 
 そんな声さえも、アリシアとフィリクスには聞こえていなかった。
 それほどに、ふたりだけの特別な余韻に浸っていた。

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