離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
「セインはまだ、帰ってこないのかしら」

 窓の外を見つめながら、エレナが不安そうに呟く。

 アリシアは常に気を張り、涙は見せず、毅然と振る舞っている。
 けれど、その胸中は焦りと苛立ちが渦巻いていた。

(大丈夫。旦那様は、絶対に帰ってくる。でも今、一番心配なのは……)

 彼女の脳裏に浮かぶのは、領民たちの顔だった。
 グレゴリーが今後、どんな理不尽を押しつけてくるか想像もつかない。
 領地管理の経験がない男爵が、侯爵領を支配しようとしているのだ。

 アリシアの実家は領地を持たない伯爵家だった。叔父はその家を奪ったが、爵位は男爵のまま。領地を治めたことなど一度もない。
 それが、侯爵家との決定的な違いだ。

「町が心配だわ。少し様子を見に行きたいのだけど」
「セインが戻るまでお待ちください。ご心配なのはわかりますが、今は動かないほうがよろしいかと」
「……そうね。何もできない自分がもどかしいわ」
「アリシア様は気をしっかり持ってくだされば、それで十分です」

 悲しんでいる場合ではない。
 状況は日々悪化しており、感情に流されている余裕などない。
 せめて涙は見せないようにしようと、アリシアは気丈に振る舞った。

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