思い、出戻り、恋の行方
 少しだけ、私の話をする。
 私は魔女だ。魔女なことは世の中には秘密。そんなことを公言しても信じられたりしないから、言う必要もない。
 そしてモテモテだ。そしてこれも秘密。そんなことを公言してもやっかまれるだけだし、言う必要もない。けれどこれまで付き合った数を四捨五入すると百になるんじゃないだろうか。なぜか別れてもすぐまた新しく誰かと付き合うものだから、一人でいた記憶がほとんどない。ほら、やっかむだろ。けどモテモテなのは私のせいで、魔女なせいではない。決して怪しげな秘薬を使って他人をトリコにしたりするわけじゃない。ここは大事なので強調しとく。つまり健全に普通な人間としてのお互い好きあった結果、お付き合いをしているだけ。魔女と言うと、とかく全ての都合の悪いことを魔法に関連付けようとする輩が多すぎるんだよ。まったく。

 けれど私はどうにも飽きっぽくて癇癪持ち。
 これも別に魔女であるせいではなく、生来の私の性質、念の為。
 それでその結果、私は恋愛体質で、惚れっぽくてすぐに付き合うけれど、すぐに別れてしまう。魔女といっても必ずしも強じんな精神を持ち合わせているわけじゃない。だから別れるときはだいたい相手のことをぶっ殺したいほど憎んでいることが大半なのだけど、そのような苛つきをずっと心のなかに保管しているのも不健康なわけで。そんなものはとっとと自分の中からポポイと追い出してしまうのが吉。

 そこで取りい出したるのがこのリング。じゃじゃん。そういう時にとても便利なこのリングをお別れリングと名付けた。
 私が開発したとても細いリングなんだが、相手の薬指につけて術を発動して一晩寝ればお互いのことをすっかり忘れてしまうようにできている。そして術が発動するとリング自体は透明になって物を透過する性質が付与されるから、生活に支障はない。誰も指輪の存在に気づくことはできない。ステルス機能も完璧だ。
 それで私は過去の男などすっぱりきっぱり忘れ去り、新しい恋にダイヴするわけ。相手も忘れてしまえばストーカーになる危険もないし。

 そんなわけで今日は記念すべきお別れ前夜。
 この古い恋は明日の朝にはすっかり忘れているはずで、きれいさっぱり新しい恋に乗り出そう。
 そんなわけで隣で寝っ転がっている男を足蹴にした。
 そうして顔が上を向く。……やっぱりとてつもなく好みだ。ほどよく高い鼻梁とそこから繋がる少し分厚目の唇。弓を描くように細い眉の下には今は閉じられているがキラキラと煌めく瞳が隠れている。うーん、本当に好みだなぁ。あと、ちょっとだけ丁度良く優しいとことか。
 けれどもだらしないところがもう我慢ならない。そのへんに靴下を投げたりする。最初は許せたのに、時間がたつと許せなくなる。けれど憎たらしい気持ちもこれで最後。すっかり寝こけている顔を最後にじっくり堪能したら私は出ていく。
 そして私には次の恋が待っている!
 新しい出会いが!
 素晴らしい出会いが!
 ……でももうちょっと見ていこう。

 未練たらしく眺め回してそそくさと荷物を纏めて最後に男の指に細いリングをはめようとした。そしてなぜだかうまく入らないことに気がついた。こんなことは初めてで、エイエイと力を込めても上手く行かず、突然パキリという音がして頭がチリリと傷んだ。
 なんだ、これ。
 ふらつく頭で手元を見ると、指輪が砕けていた。そして男の指の周りにも破片が散らかっていた。この指輪は細いけれどもそれなりの強度はあったはず。そして次の瞬間、何週間か分の記憶が突然流れ込んできた。それは代わり映えせず目の前のこの顔の素晴らしく美麗な男を足蹴にしている記憶。
 あれ?
 何故だ。
 よくわからない。
 ……。
 …………。
 ……………………。 
 まさか、まさか私がこの男と付き合うのは2度目なのか?
 いや、確かにこの男の顔は好みなんだけど。だから惚れてもおかしくはないんだけど。
 少しだけ呆然として、そこでとてつもなく嫌な予感がした。このリングはとても細い。そうそう入らなくなるという自体は考えがたい。まさか……。
 ごくりと喉がなる。おそるおそる、怖いもの見たさで私はこれまで使用したお別れリングのステルス機能をオフにする呪文を唱えた。シュパと音を立てた光が指と指の間をジジジと放電のようにたゆたい、そして霧散してこれまで使用したリングに向かって飛び立ったりはせず、隣に眠る男の指に集約された。
 悶えた。

 男の薬指にギチギチにハマったリングが見えた。
 うわぁ。これ、いくつあるのさ。
 1,2,3……駄目だ、数え切れる量じゃない。そして私は無数の光が『飛び立たなかった』ことを思い起こした。
 ひょっとして、まさか。
 ひょっとして。私は四捨五入して百人もの男と付き合ったという漠然とした記憶はあったけれど、その詳細についてはお別れリングの作用で忘れてしまっていた。ひょっとしてそれは『四捨五入して百人』という人数ではなく『のべ四捨五入して百人』というだけで、全てはこの男一人と付き合っていただけ……?

 慄いた。確かに顔はものすごく好みではあるのだけれど。
 本当に恐る恐る、主には怖いもの見たさで全てのお別れリングの効果を解除した。1回も2回も同じじゃん、そんな軽い気持ち。けれどもその途端、『のべ四捨五入して百人』ものこの男の出会いと暮らしと記憶喪失が頭に去来し、あまりの脳みそへの負荷がもたらす痛みにのたうち回った挙げ句、ほとんど同じ経緯で出会ってほとんど同じ暮らしをして、ほとんど同じところでブチ切れて飛び出すことを繰り返しているということを理解した。
 私……別にモテモテじゃなかったのか。ひどく落ち込んだ。

 落ち込んで……それでなんかもうどうでもよくなった。
 生まれ変わったらまた会いたい、という男女はまま聞くけれど、私たちは全ての記憶を失ってなお、のべ四捨五入して百回もめぐりあい直し、付き合い直してぶっ殺したいと思いながら別れている。
 そうするとなんだかこの出会いが奇妙に運命的なものに感じ回もブチ切れ続けると彼の欠点は飽和しすぎてもはやどうでもよくなってきて怒りも淡雪のように溶け、相変わらず好きすぎるその美しい顔の唇に口づけをした。
 きっと私とこの男は明日の光を一緒に迎え続けるだろう。のべ四捨五入して百回も別れてものべ四捨五入して百回も出会い直したくらいなのだから。

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