この恋、史上最凶につき。

第十一話 夜の海、総長の独占欲は満潮になる



 エンジン音が夜を裂き、時雨くんのバイクが滑るように走った。
 背中に腕を回しているから、振動のたびに鼓動が伝わってくる。

 目的地は、海。

 《黒焔》の総長が走る夜道は、どんな街灯より頼もしくて——私はずっと彼の背中にしがみついていた。

「雪菜、寒くねぇか?」

 ヘルメット越しなのに、声だけで安心する。

「ううん。……時雨くんがいるから、平気」

「……そうか」

 短く返したあと、
 彼のスピードがほんの少しだけ落ちた。

 まるで、私との距離をもっと感じたいみたいに。



 海に着くと、波の匂いがした。
 月が水面に落ちて、静かなのにどこか切ない光を放っている。

 バイクから降りた時、時雨くんは私の手を離さなかった。

「雪菜、こっち」

 彼に導かれるまま、波打ち際へ。

 靴の先が濡れる距離。
 波の音しか聞こえない。

「……雪菜」

 名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ねた。

「今日さ。お前をみんなに紹介したとき」

「う、うん」

「俺……ずっと、喉が重かった」

「え……?」

 時雨くんはゆっくり私の手首を引いた。
 逃がさないための力じゃない。
 でも、触れた指先から“熱”が伝わってくる。

「雪菜が……誰かに見られるの、ムカついた」

「時雨くん……?」

「ミナトでも綾斗でも、誰でも。雪菜に話しかけるだけで……イラついた」

 月明かりのせいじゃない。
 彼の瞳が、燃えているみたいに見えた。

「俺だけ見てろよ」

 ひゅ、と息が止まる。

 時雨くんが私の腰を抱き寄せた。
 濡れた風の中なのに——熱い。

「……雪菜」

 額が触れそうな距離。
 波の音さえ遠のく。

「お前が笑うと……不安で死にそうになる」

「なんで……?」

「“もし他の男のとこ行ったら”って想像した瞬間……心臓が、ギチギチに軋む」

 独占じゃなくて、
 本気で“恐れてる”目だった。

「時雨くん、私は——」

「待て」

 言いかけた言葉を、指先で塞がれた。

「先に言わせろ」

 息が触れた。

「雪菜以外、全部どうでもいい。 暴走族の天下取るのも——《黒焔》を最強にするのも——全部、雪菜守るためだ」

「……っ」

「雪菜が隣にいねぇ未来なんて、存在しねぇ。奪われるくらいなら……全部壊す」

 波よりも激しい、
 独占欲の告白だった。

「……雪菜」

 その名前の呼び方だけで、涙が出そうになる。

「俺のそばにいろ。ずっと。逃げられると思うなよ」

 月明かりの海辺で、
 私は時雨くんの胸にそっと指を触れた。

「逃げないよ」

 そして、小さく笑った。

「だって……私も、時雨くんじゃないと嫌だから」

 時雨くんの呼吸が止まった。

 次の瞬間、
 腰を抱く腕の力が強くなって——

「……雪菜。俺、限界」

 耳元で低く落ちる声。

 それは、波の音よりずっと熱かった。
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