この恋、史上最凶につき。
第十八話 伊達家に総長が来る日
日曜日の午後。
玄関の鏡の前で、私は服の襟を整えていた。
(……緊張する。うちに時雨くんが来るなんて)
伊達家は、和風の瓦屋根が目立つ古い大きな家。
昔から周囲に“名家”として見られているらしい。
でも、中にいるのは普通の家族だ。
はずなのに――今日は違う。
インターホンが鳴り、心臓が飛び上がった。
「ゆ、雪菜ぁ……時雨くんかな……?」
階段から母の声。
「たぶん……」
玄関を開けると、
黒いパーカーと私服なのに、隠しきれない“総長のオーラ”が立ちのぼる時雨くんが立っていた。
「よ。……来た」
いつもの声なのに、どこか緊張している。
「い、いらっしゃい……! 入って」
靴を脱いで上がると、時雨くんの視線が家の中を静かにたどった。
「……雪菜んち、広いな」
「え、そ、そうかな……?」
「廊下長ぇし、扉多くね? 迷いそう」
まっすぐ私の手を取る。
「離れんなよ」
(……そんな緊張の仕方する?)
居間に入ると、父と母が座っていた。
父は厳しめの顔。
母は柔らかい笑顔。
(お父さん、絶対に警戒してる……)
「お邪魔します。時雨です」
時雨くんは丁寧に頭を下げた。
その姿に母はほっとしたように笑う。
「まぁ、礼儀正しいのね。雪菜がお世話になってるわ」
「いえ……俺のほうが、雪菜に救われてます」
父が目を細める。
「ほう……?」
(お父さん、それ怖いからやめて)
母は嬉しそうに笑い、父は無言で時雨くんを観察している。
時雨くんはびくともしない。
けれど、私の手を離すつもりもない。
父の視線に気づいたのか、時雨くんははっきり言った。
「……雪菜さんとは、真剣に付き合うつもりです。
不安にさせたくないので、ちゃんと言っときます」
(時雨くん……! そんな言い方……!)
母は感動気味に頷く。
父は目を見開き、深く息をついた。
「……なるほど。君が噂の“時雨くん”か」
「噂……?」
(うちの学校近いから、父も名前は聞いてるんだ……!)
父の声は低いが、怒ってはいない。
「雪菜を泣かせたら許さん。それだけだ」
「泣かせません」
即答。
迷いゼロ。
(ちょっ……即答の仕方が総長……!)
「雪菜、時雨くんを部屋に案内してあげて」
「えっ部屋!? 今!? ちょ、ちょっと待って!!」
母の言葉に私は慌てるが、
横で時雨くんが耳元で小さく笑う。
「……雪菜の部屋、見れんの?」
期待に満ちた声が反則だ。
「ちがっ……別に見せるほどじゃ……」
「いいから。案内して」
手を引かれ、階段を上がっていく。
部屋に入った瞬間、
時雨くんは静かにドアを閉めた。
鍵はかけていない。
なのに空気が一瞬で変わる。
「……雪菜の匂いする」
「し、しないってば!」
「する。……落ち着く」
時雨くんは部屋の中をゆっくり見回す。
本棚、机、ベッド、窓。
ひとつひとつの場所を、
“雪菜のことをもっと知りたい”という目で。
「……ここで寝てんだ」
「そ、そうだよ……?」
「雪菜が毎日眠ってる場所……」
じっとベッドを見る。
(ん? ちょっと待って?)
ゆっくり私のほうへ振り向く。
「雪菜。この部屋……誰も入れねぇよな?」
「え? 誰って……うち家族しか――」
「それでいい。
雪菜の部屋に入っていい男は、俺だけでいい」
(っ……!)
空気が一瞬で熱くなる。
そして、時雨くんは私の両手を取った。
「雪菜。
……俺、お前の家に来て確信した」
「な、なにを……?」
「お前を誰にも渡す気、ほんとにないってこと」
その瞳は、完全にヤンデレ特有の“一点だけを見つめる光”。
「雪菜がいる場所全部、俺が知りたい。
……部屋も、家も。家族のことも」
「時雨くん……」
指に力がこもる。
「俺の世界に雪菜が全部入り込んでくるなら――
雪菜の世界にも全部、俺を入れろ」
息が止まりそうになる。
これは、
“ただの彼氏”じゃなくて
“黒焔総長としての執着”が混ざった告白だ。
「……いいよな?」
逃げ道のない声で問われる。
私は、ゆっくりと頷いた。
その瞬間。
時雨くんが安堵したように笑い、抱き寄せた。
「……雪菜。ありがとな」
胸に顔を埋めた時雨くんの声は、震えていた。