恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第三話
……昨晩は、あまり眠れなかった。
「いいから、気にしない!」
「そうだよ、由衣は気にしない!」
夜中まで、スマホで陽子ちゃんと夏緑をつないでおしゃべりした。
わたしは、涙が出たり笑ったり。
残りのふたりも、同じようなことをして。
いつまにか、みんな寝てしまっていた。
いや、もしかしたら。
一番最後に夏緑が。
「……海原君のこと、よろしくね」
なんだかそうつぶやいた気がするのだけれど。
それはたぶん、わたしの勘違いだろう。
だって夏緑は、アイツを『ウナ君』と呼ぶはずだし。
そのいいかたが、なんだかこう。
あまりにもやさし過ぎる気がしたから。
だから……。
「……気のせい、だよね?」
「ん、なにがだ?」
「うわっ! なんでアンタがいるのよ!」
「あ、朝の電車なんだけど……寝ぼけてるのか、高嶺《たかね》?」
ええっ?
ほ、ほんとだ。わたし……。
三駅分も、寝てたの?
「由衣。ヨダレ、垂れてるよ」
「ウソっ!」
「わたしが……拭いてあげたわよ」
「ウ、ウソっ……」
玲香ちゃんと、月子ちゃん。心臓に悪い冗談とか、やめてよね……。
「えっ、ど? どこですかっ!」
ちょっと、アンタ。
なんでそんなバイキン扱いしてんの?
それに、寝起きのわたしでも冗談だとわかるのに。
アンタが本気にして、どうすんのよ……。
「昴君、肩の上だよ」
「えっ! 玲香ちゃん、ホントにっ?」
あぁ……いっそ本当になにかつけてやりたくなる。
というかそれだと、アンタの肩に寄りかかってたことになるから。
さすがに、ふたりがとめるでしょ……。
乗り換え駅に到着すると。
「……着いたわね。降りるわよ」
月子ちゃんがチラリとわたしを見てから、そう声をかけてくる。
「お・は・よ」
姫妃ちゃんが階段を降りたところで、ニコリとしながら待っていてくれる。
ある意味それは、いつもと変わらない光景なんだけれど。
でもきょうからは。
これでもう……『全員』なんだよね……。
「由衣……あなた、間違っているわよ」
「えっ? 月子ちゃん?」
「まだ美也ちゃんが、いるじゃない」
……わたしいま……声に出したっけ?
「そうそう、あの先生たちもいるしね」
「なにより部活が変わっても親友なのは、変・わ・ら・な・い!」
不安に思う必要はない。
心配しなくても、大丈夫。
みんながさり気なく、そんなことを伝えてくれた気がして。
わたしは心があたたかくなると同時に。
みんなはわたしの『先輩』で。
いつか、わたしは見送る立場になるのだと。
……ふと、そんなことを感じてしまった。
学校に着き、教室棟の長い廊下を進んでいく。
一番奥の、一組の教室が見えてきたとき。
待ち構えていたかのように『その子』が慌てて走ってきて。
「ご、ごめんなさい!」
わたしに、謝罪の言葉と同時に頭を下げてきた。
「い、いや……こっちのほうこそ。迷惑かけてごめんね。」
わたしをバレー部に誘ってくれた三組の女の子が。
恐る恐る、頭をあげる。
「ご、ごめんね……」
「だから、いいってば。わたしこそ考えが至らずで、ごめんなさい!」
むしろ、わたしが悪いんだし。
それに、謝るべきは迷惑をかけたわたしだと。
そういいながら、笑顔で『その子』を見る。
「あ、ありがとう……」
「朝練でしょ? こちらこそ、待っててくれてありがとう」
これで、一件落着。
わたしとしては、そう思ったのだけれど……・
「あの……ほかの人たち。怒ってた?」
「あぁ、平気。みんなもう納得してるし。先輩たちってどのみち親友だから」
「そうなの?」
「うん、あと夏緑とも平気だから!」
「よかった……」
そういったあと、『その子』は。
「海原昴君は?」
……なぜかアイツのことまで、質問してきた。
「……あぁ、そういえばアイツ。部長だったかぁ〜」
自力で理由を見つけたわたしは、それも心配ないと告げる。
ただ、少しだけ。
「よかった……」
その子の言葉の、ニュアンスが。
さっきのそれとは違う気が。なんとなく……した気もした。
体育館に向かって走り出すその子に。
「試合がんばれ〜!」
そう声をかけてから、教室に向かう。
いつもとっても感じのいい子だから、きっと夏緑をまかせても平気だろう。
陽子ちゃんだって、部長と仲良しだし心配ない。
そう思うとわたしは。
わたしがもし、バレー部に入っていたら。
……果たして、馴染めていたのだろうか?
放送部のときみたいに、笑ったり怒ったりできるのだろうかと。
そんなことをふと思って。
……あれ、もしかして?
「わたしって、意外とややこしいとか?」
うわっ! 月子ちゃんが移ったの、わたし?
それはそれで、ピンチだと。
「やっぱり、もう少し愛想よくしないとね……」
今後は、気をつけようと。
そんな『前向き』なことを。少しは、考えたのだけれど……。
まだ考えが甘かったことを、すぐに思い知った。
……放送室では、すでにアイツが書類に埋もれている。
「なにそれ?」
「この先の……頼まれごとだ」
「うそっ? また増えてない?」
「減ることなんて、あるわけないだろ」
そっか、人数は減ったのにね……。
頑張らないと、マズイよね。
「じゃ、こっち印刷してくる!」
気合いを入れたつもりのわたしに。
あいさつがわりに軽く手を挙げた、アイツがいる。
……よし、これなら大丈夫。
わたしがそう思った矢先。
アイツが、書類を読んだまま。
「あの、春香先輩?」
……空席に向かって、冊子を渡そうとしていた。
月子ちゃんが、無言で代わりに受け取ると。
「鶴岡さん、これお願いしていいかな?」
また、考えごとに没頭しているアイツが。
手を伸ばした玲香ちゃんに、メモ用紙を渡している。
思わず口を開きかけたわたしに。
姫妃ちゃんが、そっと背中をさすってくれて。
このままでいいんだと、目で訴えてくる。
……『先輩たち』は、みんなやさしい。
アイツにも、そしてわたしにもやさしい。
……でも。
こんな状況を、作り出したのはわたしなのに。
解決させたのは、わたしじゃない。
だから、だからこそ。
わたしは、このとき。
……このやさしさが、耐えられなかった。
「印刷にいってきます」
なんとか、声を振り絞って。
どうにか、印刷室にたどり着いて。
機械が回り出して、扉を閉めると。
部屋の中には大きめの音が響いてくる。
それからわたしは、音の漏れない大きさにだけ気をつけると。
あとはひとり。
……声をあげて、泣いていた。