恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第五話
……みんなが、相談して決めてくれたことだと知った僕は。
その気持ちが、なんというか。
……月並みな表現ではあるが、うれしかった。
放送室で目立って『大きな変化』が、あったわけではない。
ただ、『席替え』をしただけだ。
「あしたからも毎朝、くじ引きで決めるからね!」
高嶺が、やけに自慢げで。
「ま、月子が最大の難所だったけれど合意した」
波野先輩が、サラリと舞台裏を伝えてくれて。
「それだけだけど、気分転換になるよね?」
玲香ちゃんの指摘は、もっともだ。
「わたしは……まぁ受験生だから。固定席だけどね」
都木先輩は、そういうと。
追加で運び入れたらしい、専用の机の隣でほほえんでいる。
「……どうかしら、海原くん?」
三藤先輩が、一番遠い席から僕に質問してきて。
「みなさんの気持ちが、よく伝わりました。ありがとうございます」
僕はそう答えて、みんなに頭を下げた。
ただの席替えだと、思うかもしれない。
でも、少しだけ気分を変えて。
あとは、いままでどおりに過ごしていく。
僕たちらしい進みかたで。
あたたかい選択だと。
僕の中ではとても……しっくりとくる『変化』だった。
……はっきりと、口に出すかどうかの違いで。
とっくにみんな、海原君が好きなのだと。
随分前からわかっていたことを。
きょうわたしは、改めて理解した。
海原君がやってくる前のわたしたちは。
……実は結構、もめたのだ。
「美也ちゃん、どういうことですか?」
「え、でも玲香。さっきの姫妃の案より、ましだと思わない?」
「美也ちゃん、ひ・ど・い・っ!」
「でも美也ちゃん、勝手に進めないでください!」
「いや、由衣こそ話し聞きなよ!」
「もう……美也ちゃんも少しは譲らないと」
「月子こそ、わたしを責める前にできることあるんじゃない?」
なにを話し合ったかは、わたしたちのだけの秘密だけれど。
ひとりひとり、アプローチの方法は違っていて。
ただひとつ。
弱っている海原君のために、なにができるのかと。
みんなが真剣に、考えた。
ひとしきりもめたあとで、わかったことがある。
きっとわたしたちがひとつになれば、絶対に海原君を幸せにできるだろう。
逆にいえば、すべてをひとりで揃えないと。
自分『だけ』のものにはできないのだと思うと。
……彼は結構、わがままな人だという気がしてきた。
そう思うと陽子の存在って、意外と大きなものだった。
まぁ夏緑のそれは……未知数だけど。
それでも、短期間で海原君の心に刺さるものがあったはずだ。
「ねぇ、もしかして昴君ってさぁ……」
「『失恋』、したんじゃないの?」
玲香と、姫妃も気づいたらしい。
「たまにはそれも、いいんじゃないですか?」
由衣の意見に、わたしも賛成だ。
なにかと振り回される、『この気持ち』を。
海原君自身が味わってみるのは、悪いことじゃないと。
そんなことで、盛り上がった。
「……ただ結局。席替えからはじめるのよね」
とはいえ、月子だけは相変わらず独自路線で。
わたしたちにしては珍しい。ちょっとした『恋バナ』には直接乗らず。
不満そうな顔で、あえて混ざってくる。
しかもその視線の先が。
席替えのときに月子に向かって、彼の隣を固定した覚えなんてないと。
はっきりと口にした『あの子』のほうをわざわざ向いていて。
わたしにはなんだか、その姿が。
……なんとも愛くるしく、思えてしまった。
「美也ちゃん、年上ぶるとあとで痛い目にあいますよ」
おぉ、こわっ。
でも、そういってからほほえむ月子ってなんだか。
……前よりもっともっと、きれいになったよね。
……春香先輩と鶴岡さんに、僕が『失恋』した?
実は放送室が、にぎやかすぎて。
扉をノックしようとした少し前に、聞こえてしまったのだ。
だから一度部屋から離れて。
それからしばらくして、戻ったのだけれど……。
「どうしたの、海原君?」
一番近くに座る波野先輩が、声をかけてくる。
「あ、いえ。書類がちょっと気になって……」
我ながら、下手ないいわけをしてしまったところ。
「まったく。姫妃の揃えた順番が違うのよ」
「もう月子! 端から出てこない・の・っ!」
「そうだよ月子、担当奪わないの!」
「でもこれ、確かにバラバラすぎるかも……」
「ちょ、ちょっと玲香も由衣も『参戦』しないでっ!」
あぁ……都木先輩まで巻き込んでしまった……。
ただ、そのとき。
換気のために開けてある、窓の向こうに見えるカエデの枝が。
……穏やかに揺れて、あることを僕に教えてくれた。
「ちょ、ちょっといってきます!」
僕にしては、珍しく。
みんなの返事を聞かずに、放送室を急いで出ると。
階段をおりて、渡り廊下に出て。
その先も僕ひとりで、進んでいく。
向かった先の『その人』も。
僕が『単品』で会いにきたのが、珍しかったようだけれど。
理由をいうと、快諾してくれた。
「なんか海原君なのに、気がきくときとかあるんだね!」
僕の妙な評価が、あちこちに浸透しているのは複雑ではあるけれど。
「よろしく願いします!」
おかげで方向性が間違っていないと、教えてもらえた気がして。
僕の『失恋』というか、寂しさとか喪失感の受け入れかた。
もっといえば、ひとつの『終わらせかた』として。
春香先輩と鶴岡さんがいない放送室を。
……受け入れる準備は、整った。