野いちご源氏物語 四五 橋姫(はしひめ)
しばらく聞いていようと立ち止まっていらっしゃると、宮(みや)様の家来(けらい)が気配(けはい)に気づいてやって来た。
「八(はち)の宮(みや)様は山のお寺にお籠(こも)りでいらっしゃいます。ご伝言をお伝えいたしましょう」
と真面目そうに言う。

「そうだったのか。何もお伝えせずともよい。日程の決まった修行(しゅぎょう)をなさっているのなら、お邪魔をするわけにはいかない。ただ、こうして濡(ぬ)れながら宇治(うじ)まで参ったのに、むなしく都(みやこ)へ戻ることになってしまった。その悲しみを姫君(ひめぎみ)たちに申し上げておくれ。ご同情していただければありがたい」
うなずいてすぐに向かおうとした家来を、薫(かおる)の君(きみ)はお引きとめになった。

「今聞こえているのは姫君たちの演奏だろう。ぜひお聞きしたいと思っていたのだ。またとない機会だから、しばらく隠れて聞けるような物陰(ものかげ)はないか。弾(ひ)くのをやめてしまわれたら困る。私が来ていることを申し上げるのはまだあとでよい」
あまりにご立派でお美しい貴公子(きこうし)なので、家来はとまどいながらお答えする。

「かしこまりました。たしかに都から人が来ているときには、たとえ身分の低い者が一人来ているだけでも、楽器はお弾きになりません。ここに姫君たちのいらっしゃることを宮様は隠したいとお考えのようで、姫君たちにもそのように言い聞かせておられるのです」
「つまらない隠し事をなさる。都の人たちはとっくに気づいて、めずらしいご境遇(きょうぐう)の姫君がいらっしゃるらしいと噂(うわさ)しているのに」
薫の君は笑っておっしゃる。

「案内せよ。私には浮(うわ)ついた心などない。姫君たちのご境遇が気になって、素(そ)知(し)らぬ顔ができないだけだ」
生真面目(きまじめ)な家来としては困ってしまう。
<あとでお叱(しか)りを受けそうだけれど>と迷いながらも、垣間見(かいまみ)できる場所にお連れした。
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