大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜

 おお。
 おおおお。
 じわっと涙が浮かぶ。凛とした推しの姿に後光が見える。彼女を中心に世界が輝いてる。
 えらい。よく言った。素敵だよフィオナさま。
 殿下の目も、もちろんフィオナさまに……。

 ん。向いてない。なんでまだわたしを見てるの。至近距離。さっきより近づいてる。まっすぐにわたしの目に薄青の綺麗な瞳を向けて……というか、というか……鼻、つく。
 鼻、つくうううう!

 と、その時。
 令嬢が肩に置かれた手を勢いよく振りはらい、フィオナさまの方に向き直って、振った手の勢いで畳んだ扇を振り下ろそうとした。
 避ける間もない。ぐっと目を瞑り、顔を背けるフィオナさま。
 が、扇は届かなかった。

 「……学院内での暴力行為は学則二十一条第三項によって禁止されている。怪我を負わせれば退学だ。そして、殿下の御前である。自分の行為の意味を、君の家に及ぼす影響を理解しているか」

 令嬢の腕が捻りあげられている。
 それまで微動だにしなかった殿下の護衛、黒づくめの赤毛の騎士が、瞬きするほどの間に令嬢とフィオナさまの間に割って入っていたのだ。
 沈んだ紅色の瞳がまっすぐに令嬢を捉えている。わずかでも抵抗すれば、おそらく相手の腕をへし折ることも躊躇わないだろうと思わせる威圧感。令嬢はがくがくと震え出した。騎士が手を離すと、へにゃりと腰を落としてしまう。やがて他の令嬢たちに支えられるようにしてどこかへ去っていった。

 静かになったエントランス。
 成り行きを見守っていた他の生徒たちも、我に返ったようにそれぞれ動き出した。

 騎士はフィオナさまの方へゆっくりと振り向いた。意思の強そうな顎筋、彫像のように鋭角な鼻梁。太い眉と鋭い眼光が大空を舞う鷲を思わせる。
 ただ、その鋭い眼が、フィオナさまに向いてない。向いてないというか、泳いでいる。どうしたんだろう。


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