人魚のティアドロップ
「近くに居たから」と彼は言い、
「ごめん!今日が大事な日だって忘れちゃって!」と智花が両手を合わせると
「気にしてない」とそっけなく聞こえるけれど、智花に気を遣わせない物言いに聞こえた。
「あ、じゃぁ私……お邪魔だから帰るわ」と今度こそ席を立とうとすると
「何で?邪魔じゃない」とまたも彼にそっけなく言われ、何故だか固まった。海李先輩とは違ったタイプだけど何だか良い意味で逆らえない雰囲気。
「そうだよ~せっかく会えたんだから三人で飲も」と智花がメニュー表を彼に手渡し
「ウーロン茶」と彼はメニューも見ずに注文した。
「飲まないんですか?」とおずおずと聞くと、
「智花が酔っ払った時、俺も酔ってたら守れないから」
まるでドラマから出てきたようなセリフにドキっときた。智花が好きになったとこってこうゆうとこなんだろうな。言い方はそっけないけどすっごくいい人そう。
それからどれぐらい経ったろう。だいぶお酒も入ってきてほろ酔い加減なとき
「高井戸と別れたって本当?」と先輩に聞かれ、私は飲んでいた焼酎のロックを吹き出しそうになった。
「ちょっと、孝」と智花が先輩の頭を軽くはたく。先輩”たかし”って言うんだ。って、そんなことどーでもいいよ。
何で今更になってその話をほじくり返す!
「先輩は知ってたんですか?あ、智花から聞いたか」
と智花を見ると智花は顔の前で手を合わせて『ごめん』と言いたげ。
「彼のことはもう忘れました。決していい別れ方じゃなかったし」
じゃあ―――じゃあ何で私は今も先輩がくれた最初で最後のプレゼントのティアドロップ型のネックレスをしているのだろう。
翔琉は気づいていないと思うけど、私の中で海李先輩はまだ生きていて、それは決して汚れていなかった。あんな別れ方したっていうのに。
「高井戸とは同じクラスで、ある日すっげぇ目を腫らして登校してきて、何かあったんだろうとは思ってたけど。もしかして木梨(沙羅先輩の苗字)が何かしたのか心配してた」
目を腫らして―――?
じゃぁ海李先輩は沙羅先輩に何か弱みを握られたってこと?
ううん、もう別れて十年だよ。今更そんなこときにしたって仕方ない。
「先輩は沙羅先輩と付き合うことになったらしいですよ」私はもう過去のこと、と割り切ることにして笑顔で答えた。
「あの性格の悪そうな女と?俺は高井戸は横井さんみたいな人の方が合ってると思ったけど」
え………別れたとは言えそう言ってもらえるとちょっと嬉しかったり。
「あの女、俺にも色目つかってきたけど、美人だけど中身空っぽで俺のタイプじゃない」
あっさり言って私は目をまばたいた。
「じゃぁ私は中身が空っぽじゃないってこと?」といくらか酔った智花が先輩にしなだれかかる。
「智花は昔から芯がしっかりしてて自分の考えを持っていて、友達思いの優しい子だった。だから好きになった」
「もうやだぁ、こんな所で」
智花、酔っ払ってるな……
酔ってる智花初めて見たけれど、やっぱり智花は何をしても可愛い。
私も海李先輩にそんな風に見られたら、幸せだった。