人魚のティアドロップ
罪の共有
この日は台風が近づいているのもあってか来客は少なかった。定時であがることもでき、スーパーでいつもよりのんびりと買い物をして家に帰りつくと、これまたのんびりと料理をしていた。その間とうとう雨が降り出してきた。
翔琉は今日も遅くなると言っていたからいくら傘を持って出かけていったとしても土砂降りになる前に帰って来るといいな。
夜10時を過ぎたところで電話が鳴った。
翔琉?珍しい。いつもメッセージなのに。と思ってスマホの画面を見て私は固まった。
着信は海李先輩だった。
何で――――
お互いスマホの番号を変えてなかったってことか。
鳴り続ける電話を最初は無視しようかと思ったけれど、やはりできなかった。
「――――はい」たっぷり間を置いて電話に出ると
『美海?助けてくれ』
どこか外に居るのだろうか、雨音の中先輩の声を弱々しく伝えてくる。
「先輩、今どこですか?」
『……家。昔一回来たことあるだろ?』
何があったんだろう!
別れてもう十年も経つのに私に助けを求めてくるなんて。
殆ど何も考えず私は傘とバッグを引っ掴むと家を飛び出た。
電車を乗り継いで久々に地元とは少し離れているけれど先輩の最寄り駅で電車を降りると、私は走って先輩の家へ向かった。十年前一度だけ来た先輩の家までの道筋は記憶に濃く、迷うことはなかった。
先輩のアパートの前に到着すると、私は息を呑んだ。思わず手から傘が離れる。傘がなくなると冷たい雨が途端に私の全身を打った。
十年前見た錆びついた階段はさらに劣化をしていてボロボロになっていて、その地面に初老の男性が頭から血を流して倒れている。
海李先輩は両手で顔を覆って階段の半ばに座り込んでいた。傘もささず雨に打たれながら。記憶に濃い海李先輩は少し大人っぽくなっていたがそれ程変わっていなかった。
「先輩!どうしたんですか!」階下から先輩に聞くと、先輩がのろりと顔をあげ濁った眼で私を見下ろしてきた。先輩は降りてくる気配がなく仕方なしに私はそろりと今にも崩れそうな階段を上った。
「先輩」もう一度聞くと
「……事故だったんだ……そう思いたい。でもあの時俺が親父の手を離さなければ…」
私は再び階下の下で倒れている男性を見て、それが先輩のお父さんであることを初めて知った。先輩とは違って線の細い痩せた体。髪には白いものがたくさん混じっている。先輩の年齢からしてお父さんと言う年齢より少し老けて見えた。
「何があったんですか」
「あいつ……今日も酔ってて喧嘩みたいになっちまって……家で飲むのが辛気臭ぇっていって飛び出していったんだよ。この雨の中だろ?俺は止めるつもりだった。親父の手を握って………でもこのまま離したら…この足場の悪い場所で滑って下に転がるよな……って考えちまった」
それって事故―――事件―――?
どっちか分からなかったけれど、
「とりあえず救急車!まだ間に合うかも」とスマホを取り出すと
「もう無理だよ。さっき確かめた」と先輩の冷静な声が聞こえてきた。
「じゃ……じゃぁ警察に……」
「美海、俺どうしたらいい……?」先輩の言葉が弱々しく激しく降り注ぐ雨の中、かろうじて聞き取れるぐらいの声で聞いてきた。
どうしたら―――……
「―――これは…事故です。
先輩は雨の中出て行こうとしたお父さんを助けようとして、雨で手が滑っただけ」