鏡の中の嘘
1章 転校生の影 Shadow of the Transfer Student

A Smile with Shadows

春の風が吹くある日、先生が言った。

「今日は転校生を紹介します。」

教室のドアが開き、静かに一人の少女が入ってきた。

「夜凪(なぎ)です。よろしくお願いします。」

その瞬間、教室の空気がすっと冷えた気がした。

黒髪が風に揺れ、瞳はどこか遠くを見ているようだった。

担任が席を指すと、夜凪は静かにうなずき、歩き出した。

その足取りは、まるで畳の上を歩くように音もなく、すっと座った。

隣の席の美奈は、なんとなく気になって声をかけた。

「夜凪、この漢字で…なぎちゃん?優しい名前でかわいいね」

「ありがとうございます。昔から、よくそう言われます」


昼休み、美奈が机にプリンを置くと、なぎがそっと声をかけてきた。

「それは…洋菓子、ですね?」

「うん、コンビニのプリン!なぎちゃんは甘いの好き?」

「ええ、羊羹やカステラなどは、よくいただいていました」

“いただいていました”…?なんだか、かしこまりすぎ、、?

でも、なぎちゃんの話し方は丁寧で、品があって、なんだか落ち着く。

次の日、美奈がくしゃみをすると、なぎがすぐにハンカチを差し出した。

白地に刺繍の入った布製のハンカチは、どこか懐かしい香りがした。

「冷えましたか?この季節は、油断なりませんから」

「えっ…“油断なりません”って…なんか時代劇みたいじゃん!」

「そう…でしょうか。昔から、こういう言い回しが好きでして」

美奈は笑いながら受け取った。

なぎの言葉遣いや仕草は、ちょっと変わってるけど、なんだか心地よかった。

その日から、美奈はなぎと話すことが増えていった。

放課後には一緒に図書室へ行き、なぎが選ぶ本は昭和の詩集や、古い少女小説だった。

「この詩、好きなんです。“春は曙”って、なんだか情緒があって…」

「うん、なんかキレイ。なぎちゃんって、ほんとに不思議な子だね」

なぎは、ふっと微笑んだ。

その笑顔の奥に、ほんの少しだけ、影が揺れていた。
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