鏡の中の嘘
3章 囚われの3人 Girls in Captivity

The Key is Yonagi

目を開けた美奈は、しばらく動けなかった。

頭がぼんやりしていて、夢の中にいるようだった。

天井は白く、静かに光っている。 空気は冷たくて、でも風はない。

「……あれ……?」

美奈はゆっくりと体を起こした。

床は硬くて冷たい。

でも、触れると、少しだけ波打った。

まるで、水の上に立っているような感覚。

周りには、見覚えのある家具が並んでいた。

でも、どれも少しずつ歪んでいる。

時計の針は逆に回り、窓の外は霧に包まれていた。

「……ここ……なぎちゃんの家……?」

声に出してみても、誰も答えない。

美奈は立ち上がり、部屋の中を見渡した。

静かすぎる。

音がない。

時間が止まっているようだった。

そして、ふと気づいた。

——あれ?

——わたし……戻ってない……?

「え……うそ……」

胸がぎゅっと締めつけられる。

さっきまでの“眠れば帰れる”という思いが、音を立てて崩れていく。

「うそ……うそでしょ……?」

声が震えた。

でも、鏡はただ静かに、そこに立っていた。

美奈の顔を映して。

でも、その瞳は、少しだけ違って見えた。

奈は、重い体をなんとか起こして、玄関の方へ向かおうとした。

でも、足元がふわふわしていて、まるで水面を歩いているようだった。

一歩踏み出すたびに、床が波打つ。

家具は見覚えがあるはずなのに、どれも異常に大きく、歪んでいた。

棚は天井まで伸びていて、時計は壁を這うように回っている。

声を出すと、空間に響いて、何重にも反響した。

「……出たい……ここから……」

美奈は玄関の扉に手を伸ばした。

でも、扉は遠くにあるようで、なかなか近づけない。

そのとき——

「あ、おきたの?」

背後から声がして、美奈はびくっと跳ねた。

振り返ると、なぎが立っていた。

いや、“なぎ”じゃない。

その笑顔は、どこか違っていた。

目が笑っていない。声が、空気に溶けていない。

美奈は、思わず後ずさった。

なぎ——いや、彼女はゆっくりと近づいてきた。

「ごめんねー、美奈ちゃん」

その声は、優しいけれど、冷たい。

「実はね、私、“なぎ”じゃなくて、“夜凪”なの。これで、“よなぎ”って読むの。」

美奈は、言葉が出なかった。

“夜凪”——夜の静けさ、風の止んだ時間。

その名前は、どこか終わりを告げるような響きだった。

「ふざけないで……なぎちゃんって言ってたじゃん……!」

夜凪は、相変わらず微笑んでいた。

その笑顔が、余計に怖かった。

「うん、そう言ってたね。でも“なぎ”って呼ばれるの、嫌いじゃなかったよ?」

「なんなの、それ……!ここ、どこなの!?なんでわたし、帰れないの!?どうして……っ」

夜凪は、静かに言った。

「私、美奈ちゃんが来てくれて、嬉しいの」

「なに言ってんの。来たいなんて言ってない!」

「だから、ごめんって言ったでしょ?」

「ごめんで済むわけないじゃん!出してよ!」

美奈の声は震えていた。 怒りと恐怖が混ざって、涙がこぼれそうだった。

「そもそも、なぎちゃん、言動も変だったし、おかしいと思ってたのよ!」

夜凪は、首をかしげて、静かに言った。

「ごめんねぇ…私、わかんないから」

「もう、なぎちゃんなんか友達になるんじゃなかった!とりあえず、もう友達じゃないし、出してよね!」

その瞬間——夜凪の糸がぷつんと切れた。

「……友達じゃない?」

おそるおそる問い返す夜凪の顔を見て、美奈は一瞬ためらった。

でも、はっきりと言った。

「うん。友達じゃない」

混乱して、言葉もぐちゃぐちゃだった。

でも、その一言が、決定的だった。

夜凪がゆっくりと近づいてきて、美奈の頬に触れた。

また、あの鈍い感覚が広がる。

「ごめんね、美奈ちゃん。ここの世界に来てしまったら、戻れないの」

「は…っ、あ!そん、、な、、わけ、、」

酷い眠気が襲ってくる。

喋るのも、意識を保つのも、必死だった。

でも夜凪は、静かに言葉を続けた。

「ここは、鏡の中の嘘。もう戻れないし、現実世界では、あなたの存在は忘れられる」

美奈は、必死に耐えた。

さっき眠ったのが失敗だったと気づいていたから。

指をつねり、頬を叩いた。

でも、指に力が入らない。

瞼は重く、もう限界だった。

——目をつぶったら、もう何もできない。

そのとき——

「あー、しつこい。早く眠りなさいよ」

夜凪が、もう一度額に触れた。

その瞬間、美奈の意識は、静かに沈んでいった。
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