『沈黙のプリズム ―四人の約束―』

第27章「麗華の告白」

午後の光はゆっくりと傾き、
ビルの窓を淡い橙に染めていた。
会議室の片隅で、麗華は一人、
録音用のマイクを見つめていた。

社内はまだ騒然としている。
午後の記者会見が終わってから、
外部メディアは新しい記事を求めて動き出していた。

「真実を話したのに、また誤解されるなんて」

同僚のそんな呟きが耳に残る。
(真実……)
その言葉が、胸の奥を刺した。

なぜ、私は沈黙を選んだのだろう。
なぜ、あのメモを残したのだろう。

「あの二人を“正そう”としたつもりだったのに」

気づけば、自分の沈黙がまた誰かを傷つけていた。



机の上に置かれた書類の束。
一枚だけ、報道記者から届いたメールがある。

“来栖様。
ご説明いただけることがあれば、直接お話を伺いたいと思います。”

送信者の名を見て、指が止まる。
――先月、彼女が匿名でリークを送った同じ記者。

(運命って、こんな形で返ってくるのね)

心の奥に、
罪悪感と安堵が同時に滲む。



夕暮れ。
小さな喫茶店の奥の席。
窓の外では、ビルの影が伸びていた。

記者が静かにノートを開く。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ……私のほうこそ」

麗華は、両手を膝の上に重ね、
指先に力を込めた。

「先に伝えておきます。
 今日お話しするのは、会社の許可を得ていません。
 けれど、真実を伝えるために来ました」

記者の手が止まる。
「……つまり、内部資料の出所は――」
「私です」

沈黙。
一瞬、店の時計の音だけが響く。

「ただ、誤解しないでください。
 悪意ではありませんでした。
 あの報道の後、彼が――一条常務が――
 彼女を守ろうとしているのを見て、
 どうしても何かを“正したい”と思ったんです」

「正す?」
「ええ。彼と彼女の関係を、
 “きれいなものに戻したい”と思っていた。
 でも、それは違いました。
 ――彼を取り戻したかっただけなんです」

言葉を発した瞬間、
長い沈黙が彼女の中で崩れた。



記者は、そっとペンを置いた。
「正直に話してくださって、ありがとうございます」
「記事にはしないでください。
 ただ……彼らが真実を伝えたことだけは、
 どうか“事実”として書いてほしいんです」

「わかりました。
 “彼らの言葉は誠実だった”――
 それでいいですか?」

麗華は頷いた。
涙が、ゆっくりと頬を伝った。

「沈黙で守れるものなんて、何ひとつなかった。
 それを、ようやくわかりました」



店を出ると、夜風が頬を撫でた。
東京の街はいつも通り喧騒に満ちている。
けれど今夜だけは、
そのざわめきさえも優しく聞こえた。

(私も、ようやく“終わらせる”側になれたのね)

彼女は空を見上げた。
群青の空に、星がひとつだけ光っていた。



翌朝。
オンラインニュースの見出し。

“沈黙の誤解、終息へ。
一条グループ関係者、匿名リークを認め訂正。
関係者全員が誠実な対応。”

記事の本文には、
誰の名も記されていなかった。
ただ最後の一文が、静かに締めくくっていた。

“沈黙の裏にあったのは、誰もが抱く“愛”だった。”

麗華は、スマートフォンを閉じた。
涙はもう出なかった。
そのかわり、
心の奥に小さな光が灯っていた
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