『沈黙のプリズム ―四人の約束―』
第7章「失われた約束」
放課後の校舎に、かすかな鐘の音が響いた。
夕暮れの光が廊下の床を金色に染め、
生徒たちの笑い声が次第に遠ざかっていく。
瑠奈は教室の窓辺に立っていた。
指先でガラスをなぞり、
その向こうに沈む太陽をぼんやりと見つめる。
昨日、麗華に言われた言葉が頭から離れなかった。
「黙っていることで、誰かを動かしてる」
(……そんなこと、してるつもりないのに)
でも心のどこかで、反論できなかった。
確かに、自分は何も言わなかった。
泣いた理由も、想いも、誰にも伝えていない。
そのとき、ドアが開いた。
「桐山」
悠真だった。
制服の袖をまくり上げ、少し息を弾ませている。
「ここにいたんだ。ずっと探してた」
「……どうしたの?」
「これ」
彼は小さな紙袋を差し出した。
中には、桜の花を模したキーホルダーが入っている。
「文化祭の時に買ってたろ? 落としたの、拾ったんだ」
「あ……ありがとう」
瑠奈は袋を受け取りながら、俯いた。
その瞬間、扉の向こうからもうひとつの声が響いた。
「悠真くん」
麗華だった。
少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「さっき言ってた件、やっぱり急ぎで話したいの」
「今?」
「うん、資料室で」
「わかった。すぐ行く」
その会話を、瑠奈はただ黙って聞いていた。
悠真がこちらに振り向き、何か言いかける。
「桐山――」
「行って。待たせたら悪いから」
微笑んで言うと、悠真は一瞬ためらい、
「……ごめん」とだけ残して去っていった。
閉まった扉の音が、胸の奥に沈む。
(やっぱり……私は、何も言えない)
数分後。
静まり返った教室に、携帯の着信音が鳴った。
画面には“西園寺拓也”の文字。
『外にいる。少し話せる?』
瑠奈はゆっくり立ち上がり、傘を手に取った。
中庭。
陽が沈みかけ、薄暗い空が広がる。
拓也は傘を持たずに立っていた。
肩に雨のしずくが落ちている。
「風邪ひくよ」
「平気。少しだけ話したくて」
「なに?」
彼は一歩近づき、まっすぐに見つめた。
「……俺、ずっと見てた。
お前が泣いても、笑っても、あいつを想ってるのを」
瑠奈は息を呑んだ。
「でもさ――そろそろ自分を大事にしてもいいんじゃないか?」
「……どういう意味?」
「悠真は、お前の気持ちに気づいてない。
いや、気づいても、まだ“向き合う覚悟”がないんだ」
風が木の葉を揺らす。
小さな雨粒が頬に落ちた。
「俺なら、もう手を離さない」
拓也の声は真っすぐで、どこまでも静かだった。
そのとき、校舎の影から足音が聞こえた。
傘を差した悠真が立っていた。
「……桐山、今の話」
「悠真くん……?」
「そういうことだったんだな」
低く抑えた声。
目の奥に、かすかな失望の色が宿っていた。
「違うの。拓也くんは――」
「もういい」
悠真は傘を差し出さず、そのまま背を向けた。
瑠奈の手が、宙で止まる。
追いかけようとした一歩が、どうしても出なかった。
雨が再び降り出す。
拓也は黙って傘を広げ、瑠奈の肩に差しかけた。
「行こう」
「……うん」
その背中を見つめながら、瑠奈は小さく呟いた。
「私、また黙ってた……」
言葉を飲み込むたびに、
大切な何かが指の間からこぼれていく。
その夜、机の上の日記帳を開く。
《あの時、“約束”って言葉を思い出した。
けど、言えなかった。
あの沈黙が、すべてを壊してしまった気がする》
ペンの先が滲み、文字が揺れる。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
まるで、止まらない後悔のように。
夕暮れの光が廊下の床を金色に染め、
生徒たちの笑い声が次第に遠ざかっていく。
瑠奈は教室の窓辺に立っていた。
指先でガラスをなぞり、
その向こうに沈む太陽をぼんやりと見つめる。
昨日、麗華に言われた言葉が頭から離れなかった。
「黙っていることで、誰かを動かしてる」
(……そんなこと、してるつもりないのに)
でも心のどこかで、反論できなかった。
確かに、自分は何も言わなかった。
泣いた理由も、想いも、誰にも伝えていない。
そのとき、ドアが開いた。
「桐山」
悠真だった。
制服の袖をまくり上げ、少し息を弾ませている。
「ここにいたんだ。ずっと探してた」
「……どうしたの?」
「これ」
彼は小さな紙袋を差し出した。
中には、桜の花を模したキーホルダーが入っている。
「文化祭の時に買ってたろ? 落としたの、拾ったんだ」
「あ……ありがとう」
瑠奈は袋を受け取りながら、俯いた。
その瞬間、扉の向こうからもうひとつの声が響いた。
「悠真くん」
麗華だった。
少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「さっき言ってた件、やっぱり急ぎで話したいの」
「今?」
「うん、資料室で」
「わかった。すぐ行く」
その会話を、瑠奈はただ黙って聞いていた。
悠真がこちらに振り向き、何か言いかける。
「桐山――」
「行って。待たせたら悪いから」
微笑んで言うと、悠真は一瞬ためらい、
「……ごめん」とだけ残して去っていった。
閉まった扉の音が、胸の奥に沈む。
(やっぱり……私は、何も言えない)
数分後。
静まり返った教室に、携帯の着信音が鳴った。
画面には“西園寺拓也”の文字。
『外にいる。少し話せる?』
瑠奈はゆっくり立ち上がり、傘を手に取った。
中庭。
陽が沈みかけ、薄暗い空が広がる。
拓也は傘を持たずに立っていた。
肩に雨のしずくが落ちている。
「風邪ひくよ」
「平気。少しだけ話したくて」
「なに?」
彼は一歩近づき、まっすぐに見つめた。
「……俺、ずっと見てた。
お前が泣いても、笑っても、あいつを想ってるのを」
瑠奈は息を呑んだ。
「でもさ――そろそろ自分を大事にしてもいいんじゃないか?」
「……どういう意味?」
「悠真は、お前の気持ちに気づいてない。
いや、気づいても、まだ“向き合う覚悟”がないんだ」
風が木の葉を揺らす。
小さな雨粒が頬に落ちた。
「俺なら、もう手を離さない」
拓也の声は真っすぐで、どこまでも静かだった。
そのとき、校舎の影から足音が聞こえた。
傘を差した悠真が立っていた。
「……桐山、今の話」
「悠真くん……?」
「そういうことだったんだな」
低く抑えた声。
目の奥に、かすかな失望の色が宿っていた。
「違うの。拓也くんは――」
「もういい」
悠真は傘を差し出さず、そのまま背を向けた。
瑠奈の手が、宙で止まる。
追いかけようとした一歩が、どうしても出なかった。
雨が再び降り出す。
拓也は黙って傘を広げ、瑠奈の肩に差しかけた。
「行こう」
「……うん」
その背中を見つめながら、瑠奈は小さく呟いた。
「私、また黙ってた……」
言葉を飲み込むたびに、
大切な何かが指の間からこぼれていく。
その夜、机の上の日記帳を開く。
《あの時、“約束”って言葉を思い出した。
けど、言えなかった。
あの沈黙が、すべてを壊してしまった気がする》
ペンの先が滲み、文字が揺れる。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
まるで、止まらない後悔のように。