遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─

壊れるものと、繋がる手



 ――放課後。私と敦生先輩は一緒に校門を出た。
 真っ青な空の下、まぶしい太陽が二人の影をくっきりと並べている。

「三島先輩に聞いたの。イヤホンは、綾梨さんからのプレゼントだったんだってね。……最初に言ってくれればよかったのに」

 軽くまぶたを伏せて、小さな声で伝えた。
 彼はハッとした目を向け、拳を握る。

「あいつ……。誰にも言うなって言ったのに」
「ごめんなさい。そんなことも知らずに、弁償の話ばかりして――。代わりになるものなんてないのにね」

 マフラーの件があってから、弁償で済まないこともあると、身をもって知った。
 彼はため息をつき、俯いた。

「壊れるものは、いつかは壊れる。……ただ、それが少し早まっただけ」

 寂しそうな目が、胸の奥をしめつける。

「でもっ、あのとき私が踏まなければ……」
「それより、マフラーのことを心配してる。大切に使えば、俺のイヤホン以上に使えたのにね」

 彼は口元だけ微笑ませた。
 その優しさが、痛いほど身に沁みる。
 マフラーを切り裂いたのは、彼じゃないのにね。

「先輩のせいじゃない……。昼間は、一方的に責めてしまってごめんなさい」

 今回の件を機に、弱い自分と向き合おうと決心した。
 風で揺れた髪が頬に当たり、痛くも感じる。

 彼はううんと首を横に振った。
 そういう強さが、いまの自分には足りない。

「綾梨さんって、どんな人だったの?」

 無意識に質問をしている自分に驚いた。
 彼には、興味ない……くせに。

「美人。……おまえと違ってね」
「……っ! ひっど! せっかく人が心配してあげてるのに」

 私は腕を組んでそっぽを向くと、彼は私の頭に手をポンと乗せた。

「冗談だよ。おまえって、本当に怒りっぽいな」
「先輩が怒らせるからでしょ」
「だって、おまえの顔がしんみりしてたから」

 なによ、それ……。
 言い返す言葉が見つからないじゃない。

「綾梨は、穏やかだけど、マイクを持つと別人のようにカッコよかった。おまえみたいに、泥水をぶっかけたりしないけどね」
「そっ! それは……」
「あはは、これも冗談!」

 彼は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 思わずクスッと微笑む。
 いつも通りの彼が、戻ってきたような気がした。

「准平くんは、どんな人だったの?」

 彼は顔を傾けて、優しい声で聞いてきた。
 私はふっと息を漏らし、まっすぐに続いている道を眺める。

「照れ屋だったのかな。マフラーをもらったとき、紙袋の中にメモが入ってた。『好きだ』ってね」

 その一文を思い出すたび、胸の奥が温かくなる。
 口では伝えられなかったのかな、どのタイミングで渡そうとしていたのかな、と考えたりして。
 メモのおかげで、彼が亡くなった悲しさを、ほんの少しだけ上書きできていたのかもしれない。

「へぇ」
「私が先に気持ちを伝えていれば、准平はあんな事故に巻き込まれなかったのかなって。いまになって、いろいろ思う」

 受け身だったから、こんなに長く引きずっているのかもしれない。
 そう思うようになってから、少しずつ勇気を出して、頑張って気持ちを伝えてきた――いいことも、悪いことも。
 胸の前に拳を添えた。 

「そのメモに、おまえの名前書いてあったの?」

 彼が突然変なことを言ってきたので、私は目がきょとんとした。

「私にプレゼントする予定なら、名前なんていらないんじゃない?」
「まぁ、そうだけど。もし、おまえ宛じゃなかったら?」

 気持ちが逆撫でられ、眉間にシワが寄る。

「どうしてそんな意地悪言うの?」
「おまえは血の気の多い男みたいだし」
「はぁぁ?! もう、ほんとひどい! 准平は私と約束してたから、間違いないでしょ!」

 彼はケタケタと笑い、私は拳で彼の腕を叩いた。
 太陽の光が笑い声を包み込み、彼の笑顔を輝かせている。

 笑い声が風に溶けたあと、彼はふっと目を細めた。

「綾梨が亡くなったあの日、実は最後のデートだった」
「えっ」
「まさか、あの世に行ってしまうなんて」

 声がか細くなり、唇が震えている。
 私は恋の入口で、彼は恋の出口だった。
 その分、どう宥めていいかわからない。
 彼の心の痛みが、イヤホンで証明されてしまったから。

 気づいたら、彼の手を繋いでいた。
 綾梨さんの代わりにでもなろうとしていたのか、わからない。
 彼の指先から伝わってくる温度が胸の奥に沁み渡り、体がほんの少し軽くなるようだった。

「里宇?」

 彼は驚いた目を向けた。
 もしかしたら、大胆な行動に移した自分が一番驚いているかもしれない。

「私に偽彼女になってって言ってたのは、きっと――こういう意味だったんだね」

 いまならわかる。寂しさを胸の奥に押し込めていたことを。
 今日も冷やかす声は届く。
 けれど、それ以上に、彼の気持ちに寄り添いたい自分がいる。

 彼は私の手をぎゅっと握り返した。

「やっぱり、おまえに偽彼女を頼んで正解だったわ」

 にこりと微笑んできたけど、ほんのわずかにもどかしさが胸に残った。
 偽彼女は、きっと友達じゃない。だけど、恋人でもない。
 終わりは必ず来るけど、いまはこの手を繋いでいてあげたい。
 お互い、別々の方向を向いているのに、いつしか同じ方向を見つめるように。

 私たちは、似たような過去を背負っている。
 だからこそ、わかりあえるのかもしれない。


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