恋のリハーサルは本番です

第128話 静寂の中で、火花は音を立てない

夜の劇場は、不思議と声を吸い込む。



稽古が終わり、照明が半分落とされた舞台袖。



あかりは台本を抱えたまま、客席を見下ろしていた。



「……まだ帰ってなかったんだ」



低い声。



振り返ると、翔が立っていた。



ジャケットを肩にかけ、舞台用の靴を脱いだまま。



「翔さん……?」



「少し、話せる?」



逃げ場のない距離じゃない。



でも、逃げる理由も見つからない距離だった。



客席に並んで腰を下ろす。



暗い中で、翔の横顔だけが浮かび上がる。



「……結果、どうなると思う?」



不意に投げられた質問。



「わかりません。でも……どちらが主演でも、おかしくないって」



翔は小さく笑った。



「だよな。

 正直さ、俺、悔しいんだ。

 二舞台連続主演、蓮。

 評価も流れも、全部あいつに行ってる」



言い訳じゃない。



弱音でもない。



事実を噛みしめる声だった。



「でも……俺が負けたって、言えるほどの差はない。

 だからこそ、舞台でも、恋でも……」



そこで言葉が止まる。



あかりは、続きを待った。



「……俺は、逃げない」



翔は真正面からあかりを見る。



「蓮が本気なら、俺も本気だ。

 水無月さんを“譲る”気はない」



宣言。



でも、強引さはなかった。



「ただし……

 選ぶのは、あかりちゃんだ」



名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。



沈黙が落ちる。



翔は一歩も近づかない。



「……俺、ロマンチックな台詞とか苦手だし、

 感情を盛る芝居も得意じゃない」



自嘲気味な笑み。



「でも、舞台に立つ時だけは嘘つかない。

 だから……」



一拍、呼吸。



「今は、これだけ言わせて。

 俺は、あかりちゃんが好きだ」



告白。



でも、押しつけない。



「答えは、今じゃなくていい。

 結果が出てからでもいいし、

 舞台が終わってからでもいい」



立ち上がり、背を向ける。



「ただ……

 俺が本気だってことだけ、覚えてて」





翔が去ったあと、



あかりはしばらく動けなかった。



(優しいのに、逃げ道を残されている。

 それが、こんなに苦しいなんて)



胸の奥が、静かに熱を持つ。



舞台はまだ始まっていない。



でも、恋の幕は、確かに上がってしまった。

< 129 / 158 >

この作品をシェア

pagetop