妹ばかり見ている婚約者はもういりません
***

「す、すごい……! 植物がたくさん……!!」

 ラウロ様の家の馬車に乗せてもらい、到着したのはまるで楽園のような場所だった。

 ランプの灯りに照らされた、全体に蔦の張った趣きのあるお屋敷。それを囲むような緑いっぱいのお庭。

 お屋敷の隣には、夕方にラウロ様が言っていた温室だろうか、ガラス張りのドーム型の建物がある。中には草花の影が見えた。

 なんて素敵な場所なのだろう。

 ランプに照らされたこの夜の光景も素敵だけれど、明るい時に眺めたらきっとさらに美しいはずだ。ぜひ昼間にもじっくり見せてもらいたい。


「古い屋敷ですまないな。使用人が少ないから中もあまり手入れが行き届いていないんだ。ただ部屋数だけはあるから、自由に使ってくれていい」

「まぁ、そんなこと……! 素晴らしいお屋敷ではありませんか! この緑いっぱいのお庭だけで、はかり知れない価値がありますわ!」

 私が心からの思いで言うと、ラウロ様はおかしそうに笑った。


「色々あって疲れているだろう。とりあえず中に入ってくれ」

「はい、お邪魔します」

 ラウロ様に促され、お屋敷の中へ足を踏み入れる。

 中に入ると、すぐさまグレーのワンピースにエプロンをつけた三十代くらいの女性がやって来た。

 黒い髪をお団子にして後ろで一つにまとめている。このお屋敷のメイドさんだろうか。


「おかえりなさいませ、坊ちゃん。遅かったですね」

「ああ、学園で調べたいことがあって」

「それはご苦労様です。あら、そちらの方は?」

 女性はラウロ様の斜め後ろにいた私に目を留めると、驚いた顔をした。

「こちらはジュスティーナ・ローレ嬢だ。家族と喧嘩したそうで、行き場がなくて困っていたのでうちに呼んだんだ」

「まぁ、それは大変でしたわね」

 女性は目をぱちくりしてこちらを見た。

 私は慌てて頭を下げる。

「ジュスティーナ・ローレです。突然お邪魔してすみません。少しの間お世話になります」

「ジュスティーナ様。こんな幽霊屋敷みたいな場所ですが、どうぞごゆっくりしていってくださいね。私はこの屋敷のメイドのエルダと申します。何か困ったことがあればいつでも呼んでください」

 エルダさんはそう言ってにっこり笑った。邪気のない笑みにほっと胸を撫で下ろす。

 それにしても、家出少女が突然家に現れたというのに、あまり動揺が見えない。

 私がちょっと不思議な気持ちでいると、ラウロ様がエルダさんに向かって言った。


「エルダさん、ジュスティーナ嬢は植物に効く光魔法を使えるらしいんだ」

「まぁ、植物に? それも光魔法!?」

 ゆったり笑っていたエルダさんは、ぱっと目を見開く。それから私の手を突然ぎゅっと握りしめた。

「それはすごい能力ですわ! どうぞそのお力を大事になさってくださいね! ずっとうちにいてその力を役立ててくださってもいいんですのよ!!」

「あ、ありがとうございます……けれどそんなにお世話になるつもりは」

 私がエルダさんの勢いに押されおろおろしていると、ラウロ様が呆れ顔でエルダさんを見た。

「ジュスティーナ嬢が困っているじゃないか。離してあげてくれ」

「まぁ、私ったら、失礼いたしました」

 エルダさんはぱっと手を離すと、元ののんびりした表情に戻って言った。

 その後もエルダさんは特に帰ったほうがいいのではと勧めることも、家に連絡はしたのかと尋ねることもなく、「どうぞごゆっくりー」とだけ言ってお屋敷の奥に消えていった。


「エルダさんはマイペースな人なんだ」

 私が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、ラウロ様はちょっと困った顔でそう言った。

 その表情からラウロ様とエルダさんの普段の関係が思い浮かぶようで、少しおかしかった。
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