鏡の中の貴方が微笑んだ

第5話 永眠

フワッといい匂いがして目を開けると青い花が一面に咲き誇っていて
辺りは白いモヤがかかり幻想的な雰囲気を醸し出している

ここはどこだろ─
「・・・桜蘭こっちだよー」
聞き覚えのある声に私は振り返ると黒くて1mほどのアーチ橋の手前で彼が私を手招きしていた。

彼の元に駆け足で向かうと片方の手に握っていた1輪の青い花を私に差し出した。

「綺麗な花ですね」
「これってなんて名前の花なんですか?」

「クロタネソウっていう花だよ」
彼は微笑んで私にこういった

「俺実はさ、今更告白するのも恥ずかしくてずっと言えなかったんだけど桜蘭のこと好きだったんだ」
「俺の気持ち受け取ってくれる?」


私は現実であった今までの出来事。夢の中の彼と一緒にいたこと。どちらが幸せなのか少しの間考えてみた

確かに現実は楽しいこともそれなりにあった。

でも、氷上さんは橘さんとキスしていた
氷上さんは私じゃなくて橘さんの事が好きなんだ。

それなら私は─

夢の中の彼と一緒ならきっと幸せになれる
そう思った私は

「分かりました。貴方についていきます」
そっと彼の手から花を受け取りギュッと胸に抱いた


「じゃあ、そろそろ行こうか」と彼が言い
私たちは橋を渡り白い霧の中に消えていった。

そのまま私は次の日の朝になっても目を覚まさなかった。



あれから 雪白さんにメールをしても返って来ないからどうしたんだろうと思っていた頃

テレビで速報がやっていた

次のニュースです。最近隣人の住人が家から全く出てこないとの情報が入り警察が調べたところ
中から女性が意識不明の重体で発見されたとの情報が入りました。
女性の身元を確認したところこの家に住む「雪白桜蘭さん(23歳)」だということがわかりました。

尚、女性の手にはクロタネソウという花を持っておりこの花には毒性はないとのことですが、警察は事件の原因を詳しく捜査しているとのことです。
以上速報でした─

思わず俺はニュースに釘付けになった。

これって雪白さんだよね?

あの花に毒でもあってそれが原因で意識不明になるほどの花なのだろうか?

俺は雪白さんが手に持っていた花の名前を調べた
クロタネソウ 別名ニゲラサティバ
花言葉 夢の中の恋人

俺は血相を変えすぐさま彼女がいる病院へと駆け出した

雪白さんからメールをもらったとき先に伝えられてたら─

とりあえず走りながらタクシーを捕まえ乗り込む。
「急ぎで私立病院までお願いします」と息を切らしながら話した。

「分かりました」と運転手は一言いい速度をあげて発進した。

ものの5分ほどで雪白さんがいる病院につき窓口に向かい
「雪白桜蘭さんのいる病室は何号室ですか?」とつげた

「失礼ですが雪白さんのご家族の方でしょうか?」 と聞かれたので

「職場の元上司です」と言うと

「あの、申し訳ないのですがご家族の方以外は面会出来ないことになっておりまして」と返されてしまったので

もう一度真剣な眼差しで
「俺の大切な人なんです」と訴えかけるように伝えた。

窓口の女性はなにかを察したように
「分かりました。2階の202号室です。」と告げた

急いでその場をあとにし彼女がいる病室のドアを開けた。

「雪白さん!何があったの」
俺は息も絶え絶えになりつつ雪白さんの寝ているベッドへ駆け寄った。

彼女は俺の声でゆっくりと目を開けか細い声で
「実は夢の中で出会った氷上さんに告白されたんです。」

「夢の中の俺?」

「はい。夢の中の彼が私と付き合おうってはっきり言ってくれたんです」と雪白さんは嬉しそうに微笑んだ。

「でも、それだけでその彼のほう選ぶなんて─」と眉を顰めると

その場の静寂をかき消すように
「しょうがないじゃないですか!」と声が響く
・・・だって氷上さんは私のこと好きじゃなくて橘さんのこと好きなんですから」と雪白さんは涙ながらに訴えた。

橘さんと一緒にいたとこを見られていたことに少し驚いたが俺は雪白さんを宥めるように

「その事なんだけど違うんだ。確かに橘さんに頬にキスされたんだけど、俺は橘さんのこと好きじゃないし」

「それに好きな人がいるから好きになれないって言ったんだよね」と気恥しくなってしまいつい緩んだ口元を隠した。

「じゃあ、橘さんじゃなかったら氷上さんの好きな人って誰なんですか?」

「俺さ本当は─」

─バタン
と突然雪白さんの容態が急変し
全体の力が抜けまるでオルゴールのネジが突然回り尽きたかのように動かなくなってしまった

「・・・雪白さん?」
「雪白さん!」
俺は直ぐさまナースコールを押し
先生が駆けつけるが

心電図の音がピーとなり
「ご臨終です」とひと言だけ話し手を合わせた。


シーンと静まり返った中
必死に雪白さんの名前を呼び続けたが
もう目を覚ますことはなく彼女はもう1人の俺がいる世界へ旅立った。


まだ雪白さんが永眠してしまったことの実感が湧かず
「・・・嘘でしょ?」「もしかして死んじゃったの?」

「お願いだから。戻ってきてよ」
「俺まだ雪白さんに話したいことあったのに」

と目に浮かんだ涙が零れそうになるのを抑えて
雪白さんの状態に気づけなかったことに自責の念を感じ、冷たくなった彼女の前で何も出来ずただ懺悔した。

まだ目を覚ますかもしれない。
そう思って何時間も手を握ったまま傍にいたが

俺の願いは天に届かず握っていた体温が徐々に冷えてきてやっと雪白さんはもう戻ってこないんだと痛感した。
途端に力が抜け椅子に座りこみぼんやりと眠っている彼女の横顔を眺めていると

ふと俺はあの日雪白さんと出会った時のことを思い出した。
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