恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~
第1話 恋は統計的に説明できる…はず
俺の名前は田中優太。
24歳、大学院生。専攻は情報工学。研究テーマは「自然言語処理における文脈理解モデル」。
──と聞けば賢そうに思われるが、現実は違う。
論文よりも難解で、プログラミングよりも不可解な"未知の問題"に、俺はいま直面している。
その問題の名は──恋愛。
昼下がりの研究室。
俺はパソコンを立ち上げ、画面を二つに分割していた。片方は修論用のPythonコード。もう片方は……Excel。
そこには俺がひそかに収集した「石倉歩美観察データ」が並んでいる。
好きな飲み物:カフェラテ(週平均3.1回)
飲むタイミング:午前10時台が多い(特に10:20前後)
昼食開始時間:12:15~13:00(平均12:19、標準偏差±7分)
よく使うフレーズ:「なるほどですね」「確かに~」
笑顔発生頻度:1時間あたり2.7回(サンプル数10日)
見よ、この精緻なデータ群を。心理学専攻の彼女を相手にするには、これくらいの準備が必要なのだ。
「……完璧だ」
俺は思わず呟く。
数値さえ揃えば、あとはモデル化すればいい。最適なアプローチを計算すれば、恋愛も攻略可能だ。
《Info:対象の嗜好はカフェラテ。アプローチプランに活用可能》
《Warning:観測データは標本数が少なく信頼性に欠けます》
やかましい、俺の脳内システム! だが否定できない。サンプル数はまだ少ない。つまりさらなる観測が必要ということだ。
ふと顔を上げると、歩美が向かいの席でパソコンに向かっている。髪を耳にかける仕草一つで、俺の心拍数は急上昇。
《Critical:心拍数135。動揺度MAX》
静かに深呼吸しながら、俺はそっと数字を入力する。
「心拍数……平均値から大幅乖離。これは恋愛感情に起因するノイズ……いや、信号だ」
すると背後から声が飛んできた。
「お前、また怪しいことしてんな」
振り向けば親友の鈴木大輔。茶髪にピアス、見るからにチャラ男である。恋愛経験は豊富らしいが、彼のアドバイスが役に立った試しはない。
「大輔、これは研究だ」
「いやいや、Excelで女子の行動記録する研究ってなんだよ!」
「恋愛を数値化し、モデル化するんだ。いわば"恋愛アルゴリズム"だな」
「はぁ!? お前、恋愛をプログラムで解けると思ってんの?」
「思ってる」
即答。俺に迷いはない。
「世の中のあらゆる現象はデータの積み重ねで説明できる。気象だって株価だって、AIで予測可能なんだ。恋愛も同じだ!」
「お前、真顔で何言ってんの……」
大輔は頭を抱えた。だが俺の熱は止まらない。
「俺は必ずや石倉歩美を攻略する。攻略不能なゲームなど存在しない!」
そのとき、歩美がこちらに視線を向けた。俺と目が合い、にっこりと笑う。
「田中先輩、いつも研究お疲れさまです」
笑顔。観測対象からの直接アクション! 俺は心の中でガッツポーズ。
「お、おう……ありがとう」
声が裏返った。
《Error:出力音声が仕様外です》
歩美は首を傾げたが、特に気にする様子もなく再び画面へ視線を戻す。
俺はすかさずExcelに入力した。
本日11:32 笑顔1回、対象からの自発的発話あり(ポジティブ)
「なあ優太、お前マジで危ないやつになりつつあるぞ」
「危なくない。これは研究だ」
「いや、完全にストーカー寄りだからな!?」
「違う! 俺は科学的に恋愛を解明しようとしているだけだ!」
机を叩きながら俺は叫んだ。
研究室の空気がシンと静まる。
歩美が驚いてこちらを見ている。やばい。
俺は咳払いして取り繕った。
「げ、研究への情熱が溢れただけだ」
「そ、そうなんですね……頑張ってください」
歩美は苦笑い。俺は脳内に大量の赤字ログを吐き出した。
《Fatal Error:不自然な発言で対象に不審感を与えました》
大輔が俺の肩をバシバシ叩く。
「おい優太、もうやめとけ。そんなやり方で恋愛できるわけ──」
「できる!」
「お前ほんと頑固だな……」
彼はため息をついた。
「いいか優太、恋愛ってのは感情なんだよ。データじゃない。心なんだ」
「心?」
「そう、心。ドキドキしたり、楽しくなったり、寂しくなったり……」
「それらの感情も脳内の化学反応で説明できる。ドーパミン、セロトニン、オキシトシン──」
「あーもう! お前は理屈ばっかり!」
大輔は頭を抱えた。その時、研究室のドアが開いて博士課程の高橋健先輩が入ってきた。26歳、真面目で研究熱心だが実は恋愛下手。俺に親近感を抱いている数少ない理解者だ。
「何か騒がしいですね。田中くん、また恋愛相談ですか?」
「相談じゃありません! 恋愛アルゴリズムの開発です!」
「恋愛……アルゴリズム……」
高橋先輩の目が光った。
「面白そうですね。どんなアプローチを?」
「先輩! こいつを止めてください!」
大輔が必死に訴えるが、高橋先輩は興味深そうに俺の画面を覗き込む。
「ほほう、行動パターンの解析ですか。でも田中くん、相手は人間ですよ? 機械学習のモデルみたいに単純じゃない」
「でも先輩、論理的にアプローチすれば──」
「まあ、やってみるのは悪くないかもしれませんね」
「先輩!?」
大輔の悲鳴が響いた。
その時、歩美が席を立った。休憩タイムだ。俺は素早くExcelのタイムスタンプに「11:45 離席」と記録する。
「あ、石倉さん」
高橋先輩が声をかけた。
「お疲れさまです。今日は早めの休憩ですね」
「はい、ちょっと図書館に本を返しに」
「図書館……」
俺の耳がピクリと動く。これは重要な情報だ。歩美の行動範囲に図書館が含まれている。
「それじゃあ、行ってきます」
歩美が研究室を出て行く。俺は即座にExcelに追記した。
11:46 図書館へ移動。頻度要調査
「おい優太……」
「今度図書館での観測も必要だな。利用パターンを分析すれば──」
「お前、本当にヤバいからな!」
だが俺は確信していた。
恋愛もまた、数値とロジックで攻略可能なシステムだと。
──ただし。
この計画が、バグだらけの大惨事を引き起こすことを、俺はまだ知らなかった。
その日の夜、一人残った研究室で俺は「恋愛アルゴリズム開発計画書」を作成していた。
【Project Love Algorithm ver.1.0】
目標:石倉歩美との恋愛関係構築
手法:データ駆動型アプローチ
フェーズ1:データ収集(現在地点)
- 行動パターン分析
- 嗜好調査
- 人間関係マッピング
フェーズ2:モデル構築
- 好感度予測モデル
- 最適接触タイミング算出
- 会話パターン最適化
フェーズ3:実装・テスト
- アプローチ実行
- 結果測定
- アルゴリズム改善
「完璧だ……」
俺は満足げに画面を見つめた。
しかし、画面の向こう側にあるはずの「人の心」というものを、俺はまだ理解していなかった。
24歳、大学院生。専攻は情報工学。研究テーマは「自然言語処理における文脈理解モデル」。
──と聞けば賢そうに思われるが、現実は違う。
論文よりも難解で、プログラミングよりも不可解な"未知の問題"に、俺はいま直面している。
その問題の名は──恋愛。
昼下がりの研究室。
俺はパソコンを立ち上げ、画面を二つに分割していた。片方は修論用のPythonコード。もう片方は……Excel。
そこには俺がひそかに収集した「石倉歩美観察データ」が並んでいる。
好きな飲み物:カフェラテ(週平均3.1回)
飲むタイミング:午前10時台が多い(特に10:20前後)
昼食開始時間:12:15~13:00(平均12:19、標準偏差±7分)
よく使うフレーズ:「なるほどですね」「確かに~」
笑顔発生頻度:1時間あたり2.7回(サンプル数10日)
見よ、この精緻なデータ群を。心理学専攻の彼女を相手にするには、これくらいの準備が必要なのだ。
「……完璧だ」
俺は思わず呟く。
数値さえ揃えば、あとはモデル化すればいい。最適なアプローチを計算すれば、恋愛も攻略可能だ。
《Info:対象の嗜好はカフェラテ。アプローチプランに活用可能》
《Warning:観測データは標本数が少なく信頼性に欠けます》
やかましい、俺の脳内システム! だが否定できない。サンプル数はまだ少ない。つまりさらなる観測が必要ということだ。
ふと顔を上げると、歩美が向かいの席でパソコンに向かっている。髪を耳にかける仕草一つで、俺の心拍数は急上昇。
《Critical:心拍数135。動揺度MAX》
静かに深呼吸しながら、俺はそっと数字を入力する。
「心拍数……平均値から大幅乖離。これは恋愛感情に起因するノイズ……いや、信号だ」
すると背後から声が飛んできた。
「お前、また怪しいことしてんな」
振り向けば親友の鈴木大輔。茶髪にピアス、見るからにチャラ男である。恋愛経験は豊富らしいが、彼のアドバイスが役に立った試しはない。
「大輔、これは研究だ」
「いやいや、Excelで女子の行動記録する研究ってなんだよ!」
「恋愛を数値化し、モデル化するんだ。いわば"恋愛アルゴリズム"だな」
「はぁ!? お前、恋愛をプログラムで解けると思ってんの?」
「思ってる」
即答。俺に迷いはない。
「世の中のあらゆる現象はデータの積み重ねで説明できる。気象だって株価だって、AIで予測可能なんだ。恋愛も同じだ!」
「お前、真顔で何言ってんの……」
大輔は頭を抱えた。だが俺の熱は止まらない。
「俺は必ずや石倉歩美を攻略する。攻略不能なゲームなど存在しない!」
そのとき、歩美がこちらに視線を向けた。俺と目が合い、にっこりと笑う。
「田中先輩、いつも研究お疲れさまです」
笑顔。観測対象からの直接アクション! 俺は心の中でガッツポーズ。
「お、おう……ありがとう」
声が裏返った。
《Error:出力音声が仕様外です》
歩美は首を傾げたが、特に気にする様子もなく再び画面へ視線を戻す。
俺はすかさずExcelに入力した。
本日11:32 笑顔1回、対象からの自発的発話あり(ポジティブ)
「なあ優太、お前マジで危ないやつになりつつあるぞ」
「危なくない。これは研究だ」
「いや、完全にストーカー寄りだからな!?」
「違う! 俺は科学的に恋愛を解明しようとしているだけだ!」
机を叩きながら俺は叫んだ。
研究室の空気がシンと静まる。
歩美が驚いてこちらを見ている。やばい。
俺は咳払いして取り繕った。
「げ、研究への情熱が溢れただけだ」
「そ、そうなんですね……頑張ってください」
歩美は苦笑い。俺は脳内に大量の赤字ログを吐き出した。
《Fatal Error:不自然な発言で対象に不審感を与えました》
大輔が俺の肩をバシバシ叩く。
「おい優太、もうやめとけ。そんなやり方で恋愛できるわけ──」
「できる!」
「お前ほんと頑固だな……」
彼はため息をついた。
「いいか優太、恋愛ってのは感情なんだよ。データじゃない。心なんだ」
「心?」
「そう、心。ドキドキしたり、楽しくなったり、寂しくなったり……」
「それらの感情も脳内の化学反応で説明できる。ドーパミン、セロトニン、オキシトシン──」
「あーもう! お前は理屈ばっかり!」
大輔は頭を抱えた。その時、研究室のドアが開いて博士課程の高橋健先輩が入ってきた。26歳、真面目で研究熱心だが実は恋愛下手。俺に親近感を抱いている数少ない理解者だ。
「何か騒がしいですね。田中くん、また恋愛相談ですか?」
「相談じゃありません! 恋愛アルゴリズムの開発です!」
「恋愛……アルゴリズム……」
高橋先輩の目が光った。
「面白そうですね。どんなアプローチを?」
「先輩! こいつを止めてください!」
大輔が必死に訴えるが、高橋先輩は興味深そうに俺の画面を覗き込む。
「ほほう、行動パターンの解析ですか。でも田中くん、相手は人間ですよ? 機械学習のモデルみたいに単純じゃない」
「でも先輩、論理的にアプローチすれば──」
「まあ、やってみるのは悪くないかもしれませんね」
「先輩!?」
大輔の悲鳴が響いた。
その時、歩美が席を立った。休憩タイムだ。俺は素早くExcelのタイムスタンプに「11:45 離席」と記録する。
「あ、石倉さん」
高橋先輩が声をかけた。
「お疲れさまです。今日は早めの休憩ですね」
「はい、ちょっと図書館に本を返しに」
「図書館……」
俺の耳がピクリと動く。これは重要な情報だ。歩美の行動範囲に図書館が含まれている。
「それじゃあ、行ってきます」
歩美が研究室を出て行く。俺は即座にExcelに追記した。
11:46 図書館へ移動。頻度要調査
「おい優太……」
「今度図書館での観測も必要だな。利用パターンを分析すれば──」
「お前、本当にヤバいからな!」
だが俺は確信していた。
恋愛もまた、数値とロジックで攻略可能なシステムだと。
──ただし。
この計画が、バグだらけの大惨事を引き起こすことを、俺はまだ知らなかった。
その日の夜、一人残った研究室で俺は「恋愛アルゴリズム開発計画書」を作成していた。
【Project Love Algorithm ver.1.0】
目標:石倉歩美との恋愛関係構築
手法:データ駆動型アプローチ
フェーズ1:データ収集(現在地点)
- 行動パターン分析
- 嗜好調査
- 人間関係マッピング
フェーズ2:モデル構築
- 好感度予測モデル
- 最適接触タイミング算出
- 会話パターン最適化
フェーズ3:実装・テスト
- アプローチ実行
- 結果測定
- アルゴリズム改善
「完璧だ……」
俺は満足げに画面を見つめた。
しかし、画面の向こう側にあるはずの「人の心」というものを、俺はまだ理解していなかった。
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