恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~
第6話 システムエラー発生
文化祭当日。
俺──田中優太は、ついに歩美への告白計画を実行する時が来た。
数週間にわたるデータ収集、AI解析、行動シミュレーション。すべての工程は完璧に準備した。
歩美が文化祭で研究発表を終えるタイミング。
そのあと彼女が向かうであろう学内カフェ。
人混みが途切れるベストスポット。
「……ふふ、完璧だ。これぞ"恋愛アルゴリズム"の最終形態……!」
俺はポケットの中に忍ばせた小さなプレゼントを確認した。
可愛いストラップ付きのUSBメモリ──「勉強で役立つかも」という口実で渡す予定だが、本命はそのあとだ。
すなわち、俺の全データと努力の結晶──告白。
朝から俺は綿密にスケジュールを確認していた。
【文化祭作戦 Final Version】
09:30 研究室到着、最終確認
10:15 歩美の心理学研究発表見学(関心をアピール)
11:00 発表後に感想を述べる(知的な印象を与える)
12:30 昼食時間、カフェでの偶然の遭遇を演出
13:15 USBメモリプレゼント+告白実行
「気象情報も確認済み。降水確率5%。問題なし」
俺は自信満々で家を出た。これまでの失敗をすべて糧にした、完璧なプランだ。
心理学科の展示エリアに向かうと、歩美が白衣を着て真剣に発表準備をしていた。
「恋愛における認知バイアス研究」というテーマ。なんという偶然だろう。
「石倉さん、おはようございます」
「あ、田中先輩! 来てくださったんですね」
「ええ、心理学に興味があるので」
これは嘘ではない。俺の恋愛アルゴリズムにも心理学的要素は重要だった。
歩美の発表は非常に興味深いものだった。人間は恋愛において様々なバイアスにかかりやすく、客観的判断が困難になるという内容。
「つまり、恋愛感情は論理的思考を阻害するということですね?」
俺の質問に、歩美は嬉しそうに答えた。
「そうです! 特に『ハロー効果』や『確証バイアス』が顕著に現れます」
「確証バイアス……自分の仮説に都合の良い情報ばかりを集めてしまう現象ですね」
「さすが田中先輩、よくご存知で」
我ながら良いスタートだった。学術的な会話なら緊張せずに済む。
発表後、俺は計画通り感想を述べた。
「とても興味深い研究でした。特に恋愛における意思決定プロセスの分析が印象的で」
「ありがとうございます。実は、身近な人の恋愛観察からヒントを得たんです」
「身近な人?」
「はい。とても真面目で一生懸命なんですけど、ちょっと論理的すぎる人がいて……」
歩美が苦笑いする。まさか俺のことを言っているのだろうか?
「その人を見ていて、恋愛も研究みたいにアプローチしてる姿が面白くて」
完全に俺だった。俺は研究対象にされていたのだ。
《Warning:自身が観察対象となっていることが判明》
「そ、そうですか……」
「でも、その真面目さがとても素敵だと思うんです」
歩美は優しく微笑んだ。これは好感触?それとも同情?
しかし。
自然は、俺の計算に従ってはくれなかった。
「……え?」
空を見上げた瞬間、大粒の雨が降り始めた。
しかもどんどん強くなっていく。
「ま、まさか……!?」
俺のノートPCの画面には、事前に作っておいたシミュレーションが映っている。
【前提条件:晴れ】
【リスクファクター:雨天確率5% → 無視】
「そんなバカな……雨天確率を切り捨てた……だと……!?」
雨は容赦なく降りしきり、通行人は一斉に傘を開く。
歩美の姿も、傘に隠れて見えなくなった。
「システムエラー……完全に狂った……」
俺は立ち尽くした。
全身がずぶ濡れになりながら、ポケットのUSBを握りしめる。
告白のチャンスは、雨に流された。
「……田中さん?」
ふいに声がして振り向くと、そこには山田静香が立っていた。
図書館のアルバイト帰りだろうか、手には落ち着いた色合いの折りたたみ傘。
「な、なんでここに……」
「帰り道です。……田中さん、傘ないんですか?」
「……ああ」
「ほら、入ってください」
そう言って静香は、何のためらいもなく傘を差し出してきた。
彼女の肩に寄ると、ほんのりとシャンプーの匂いがした。
「……悪いな」
「気にしないでください。雨の日って、意外と悪くないですよ」
静香は微笑みながら空を見上げる。
雨粒が街灯に照らされ、キラキラと揺れていた。
「悪くない……?」
「はい。空気が澄んでるし、足元の水たまりに映る景色もきれいです。……ほら、あそこ」
指差す先には、水面に揺れる学内のイルミネーション。
俺は言葉を失った。
シミュレーションも、データも、AIも──こんな景色を計算に入れたことはなかった。
その後、二人で小さな屋根の下に避難した。
雨音が心地よいリズムを刻む中、静香がぽつりと口を開く。
「田中さんって、いつも"完璧"を目指してますよね」
「……まあな。完璧にすれば、失敗しないから」
「でも、雨が降ったらどうします?」
「……今日みたいに、システムエラーだ」
「ふふっ。じゃあ、人生ってエラーだらけですね」
静香の笑い声は、雨音に混じって不思議と心地よかった。
「エラーもバグも、全部避けようとするから疲れるんですよ。たまには、失敗込みで楽しんでもいいんじゃないですか?」
俺は思わず黙り込んだ。
確かに、今日の計画は大失敗だった。
でも、その失敗がなければ、こうして静香と相合傘をすることもなかった。
「田中さんは、なんでそんなに完璧を求めるんですか?」
「……俺は不器用だから。計画通りにやらないと、何もうまくいかない」
「そうかな? 今日だって、計画なしで私と自然に話せてるじゃないですか」
静香の指摘に、俺は驚いた。確かに彼女の前では、緊張することなく会話ができている。
「それって、とても素敵なことだと思います」
雨が小やみになった頃、大輔が傘を差してやってきた。
「優太! お前、ずぶ濡れじゃねーか!」
「ああ……計画が台無しになった」
「計画? ああ、石倉さんへの告白のやつか」
大輔は静香に気づいて、慌てて口を覆った。
「あ、すみません。俺、鈴木大輔です」
「山田静香です。いつもお世話になっています」
静香は丁寧に挨拶した。
「で、優太。告白はどうなったんだ?」
「雨で中止だ……」
「中止って……雨が降ったくらいで諦めんなよ」
「だが計画では──」
「計画、計画って! お前、もっと自然体でいけよ」
大輔の言葉に、静香が小さく頷いた。
「私も同じことを思います。田中さんらしさを活かせばいいのに」
「俺らしさ……」
その時、歩美が傘を差して近づいてきた。
「田中先輩! 大丈夫ですか? びしょ濡れじゃないですか」
「あ、歩美……」
「急に雨が降り出して、みんな大変でしたね。でも私、先輩の発表への質問、とても嬉しかったです」
歩美は本当に喜んでいるようだった。
「真剣に聞いてくれる人がいると、発表も楽しくなります」
「そ、そうか……」
「それに、先輩の研究への姿勢を見ていると、私ももっと頑張ろうって思えるんです」
歩美の言葉に、俺は胸が熱くなった。
「ただ……」
「ただ?」
「もう少し、自然体でもいいと思います。先輩はそのままでも十分素敵ですから」
データには残らない"偶然"こそ、本当に大切な変数なのかもしれない。
「……田中さん?」
「ああ、いや……ありがとう。なんか救われた気がする」
「救うだなんて、大げさですよ」
「いや、本当に」
静香の横顔を見ながら、俺は初めて"計算できない温かさ"を実感した。
《INFO:新しいアルゴリズムが検出されました》
頭の中に、そんなメッセージが浮かぶ。
それは俺のAIではなく──心の中の声だった。
その日、俺は結局、歩美に告白できなかった。
けれど、心のどこかでこう思っていた。
──これもまた、一つの"最適解"なのかもしれない。
家に帰った俺は、新しいファイルを作成した。
【恋愛アルゴリズム ver.3.0 - 自然体理論】
基本概念:
- 完璧な計画より、素直な気持ちを優先
- 失敗を恐れず、偶然を受け入れる
- 相手との自然な関係性を重視
重要な発見:
- 山田静香との関係:緊張せずに自然体でいられる
- 歩美からの評価:「そのままでも十分素敵」
- 雨という予期せぬ出来事から生まれた新たな体験
「そうか……俺はずっと『完璧な恋愛』を目指していたが、本当に大切なのは『自然な関係』だったんだ」
窓の外では雨がまだ降っている。
でも今日の雨は、俺にとって大切な何かを運んできてくれた気がした。
翌日、研究室で俺は静香にお礼を言った。
「昨日はありがとう。傘を貸してくれて」
「お役に立てて良かったです」
「それと……君の言葉で、いろいろ気づくことができた」
「私なんて、大したことは言ってませんよ」
「いや、とても大切なことを教えてもらった」
静香は少し照れたように微笑んだ。
「田中さんが元気になってくれれば、それで十分です」
そんな静香を見ていると、俺の心に新しい感情が芽生えていることに気づいた。
それは歩美への憧れとは違う、もっと温かくて自然な感情だった。
「……もしかして」
俺の恋愛アルゴリズムに、重大なバグ──いや、新機能が追加されようとしていた。
俺──田中優太は、ついに歩美への告白計画を実行する時が来た。
数週間にわたるデータ収集、AI解析、行動シミュレーション。すべての工程は完璧に準備した。
歩美が文化祭で研究発表を終えるタイミング。
そのあと彼女が向かうであろう学内カフェ。
人混みが途切れるベストスポット。
「……ふふ、完璧だ。これぞ"恋愛アルゴリズム"の最終形態……!」
俺はポケットの中に忍ばせた小さなプレゼントを確認した。
可愛いストラップ付きのUSBメモリ──「勉強で役立つかも」という口実で渡す予定だが、本命はそのあとだ。
すなわち、俺の全データと努力の結晶──告白。
朝から俺は綿密にスケジュールを確認していた。
【文化祭作戦 Final Version】
09:30 研究室到着、最終確認
10:15 歩美の心理学研究発表見学(関心をアピール)
11:00 発表後に感想を述べる(知的な印象を与える)
12:30 昼食時間、カフェでの偶然の遭遇を演出
13:15 USBメモリプレゼント+告白実行
「気象情報も確認済み。降水確率5%。問題なし」
俺は自信満々で家を出た。これまでの失敗をすべて糧にした、完璧なプランだ。
心理学科の展示エリアに向かうと、歩美が白衣を着て真剣に発表準備をしていた。
「恋愛における認知バイアス研究」というテーマ。なんという偶然だろう。
「石倉さん、おはようございます」
「あ、田中先輩! 来てくださったんですね」
「ええ、心理学に興味があるので」
これは嘘ではない。俺の恋愛アルゴリズムにも心理学的要素は重要だった。
歩美の発表は非常に興味深いものだった。人間は恋愛において様々なバイアスにかかりやすく、客観的判断が困難になるという内容。
「つまり、恋愛感情は論理的思考を阻害するということですね?」
俺の質問に、歩美は嬉しそうに答えた。
「そうです! 特に『ハロー効果』や『確証バイアス』が顕著に現れます」
「確証バイアス……自分の仮説に都合の良い情報ばかりを集めてしまう現象ですね」
「さすが田中先輩、よくご存知で」
我ながら良いスタートだった。学術的な会話なら緊張せずに済む。
発表後、俺は計画通り感想を述べた。
「とても興味深い研究でした。特に恋愛における意思決定プロセスの分析が印象的で」
「ありがとうございます。実は、身近な人の恋愛観察からヒントを得たんです」
「身近な人?」
「はい。とても真面目で一生懸命なんですけど、ちょっと論理的すぎる人がいて……」
歩美が苦笑いする。まさか俺のことを言っているのだろうか?
「その人を見ていて、恋愛も研究みたいにアプローチしてる姿が面白くて」
完全に俺だった。俺は研究対象にされていたのだ。
《Warning:自身が観察対象となっていることが判明》
「そ、そうですか……」
「でも、その真面目さがとても素敵だと思うんです」
歩美は優しく微笑んだ。これは好感触?それとも同情?
しかし。
自然は、俺の計算に従ってはくれなかった。
「……え?」
空を見上げた瞬間、大粒の雨が降り始めた。
しかもどんどん強くなっていく。
「ま、まさか……!?」
俺のノートPCの画面には、事前に作っておいたシミュレーションが映っている。
【前提条件:晴れ】
【リスクファクター:雨天確率5% → 無視】
「そんなバカな……雨天確率を切り捨てた……だと……!?」
雨は容赦なく降りしきり、通行人は一斉に傘を開く。
歩美の姿も、傘に隠れて見えなくなった。
「システムエラー……完全に狂った……」
俺は立ち尽くした。
全身がずぶ濡れになりながら、ポケットのUSBを握りしめる。
告白のチャンスは、雨に流された。
「……田中さん?」
ふいに声がして振り向くと、そこには山田静香が立っていた。
図書館のアルバイト帰りだろうか、手には落ち着いた色合いの折りたたみ傘。
「な、なんでここに……」
「帰り道です。……田中さん、傘ないんですか?」
「……ああ」
「ほら、入ってください」
そう言って静香は、何のためらいもなく傘を差し出してきた。
彼女の肩に寄ると、ほんのりとシャンプーの匂いがした。
「……悪いな」
「気にしないでください。雨の日って、意外と悪くないですよ」
静香は微笑みながら空を見上げる。
雨粒が街灯に照らされ、キラキラと揺れていた。
「悪くない……?」
「はい。空気が澄んでるし、足元の水たまりに映る景色もきれいです。……ほら、あそこ」
指差す先には、水面に揺れる学内のイルミネーション。
俺は言葉を失った。
シミュレーションも、データも、AIも──こんな景色を計算に入れたことはなかった。
その後、二人で小さな屋根の下に避難した。
雨音が心地よいリズムを刻む中、静香がぽつりと口を開く。
「田中さんって、いつも"完璧"を目指してますよね」
「……まあな。完璧にすれば、失敗しないから」
「でも、雨が降ったらどうします?」
「……今日みたいに、システムエラーだ」
「ふふっ。じゃあ、人生ってエラーだらけですね」
静香の笑い声は、雨音に混じって不思議と心地よかった。
「エラーもバグも、全部避けようとするから疲れるんですよ。たまには、失敗込みで楽しんでもいいんじゃないですか?」
俺は思わず黙り込んだ。
確かに、今日の計画は大失敗だった。
でも、その失敗がなければ、こうして静香と相合傘をすることもなかった。
「田中さんは、なんでそんなに完璧を求めるんですか?」
「……俺は不器用だから。計画通りにやらないと、何もうまくいかない」
「そうかな? 今日だって、計画なしで私と自然に話せてるじゃないですか」
静香の指摘に、俺は驚いた。確かに彼女の前では、緊張することなく会話ができている。
「それって、とても素敵なことだと思います」
雨が小やみになった頃、大輔が傘を差してやってきた。
「優太! お前、ずぶ濡れじゃねーか!」
「ああ……計画が台無しになった」
「計画? ああ、石倉さんへの告白のやつか」
大輔は静香に気づいて、慌てて口を覆った。
「あ、すみません。俺、鈴木大輔です」
「山田静香です。いつもお世話になっています」
静香は丁寧に挨拶した。
「で、優太。告白はどうなったんだ?」
「雨で中止だ……」
「中止って……雨が降ったくらいで諦めんなよ」
「だが計画では──」
「計画、計画って! お前、もっと自然体でいけよ」
大輔の言葉に、静香が小さく頷いた。
「私も同じことを思います。田中さんらしさを活かせばいいのに」
「俺らしさ……」
その時、歩美が傘を差して近づいてきた。
「田中先輩! 大丈夫ですか? びしょ濡れじゃないですか」
「あ、歩美……」
「急に雨が降り出して、みんな大変でしたね。でも私、先輩の発表への質問、とても嬉しかったです」
歩美は本当に喜んでいるようだった。
「真剣に聞いてくれる人がいると、発表も楽しくなります」
「そ、そうか……」
「それに、先輩の研究への姿勢を見ていると、私ももっと頑張ろうって思えるんです」
歩美の言葉に、俺は胸が熱くなった。
「ただ……」
「ただ?」
「もう少し、自然体でもいいと思います。先輩はそのままでも十分素敵ですから」
データには残らない"偶然"こそ、本当に大切な変数なのかもしれない。
「……田中さん?」
「ああ、いや……ありがとう。なんか救われた気がする」
「救うだなんて、大げさですよ」
「いや、本当に」
静香の横顔を見ながら、俺は初めて"計算できない温かさ"を実感した。
《INFO:新しいアルゴリズムが検出されました》
頭の中に、そんなメッセージが浮かぶ。
それは俺のAIではなく──心の中の声だった。
その日、俺は結局、歩美に告白できなかった。
けれど、心のどこかでこう思っていた。
──これもまた、一つの"最適解"なのかもしれない。
家に帰った俺は、新しいファイルを作成した。
【恋愛アルゴリズム ver.3.0 - 自然体理論】
基本概念:
- 完璧な計画より、素直な気持ちを優先
- 失敗を恐れず、偶然を受け入れる
- 相手との自然な関係性を重視
重要な発見:
- 山田静香との関係:緊張せずに自然体でいられる
- 歩美からの評価:「そのままでも十分素敵」
- 雨という予期せぬ出来事から生まれた新たな体験
「そうか……俺はずっと『完璧な恋愛』を目指していたが、本当に大切なのは『自然な関係』だったんだ」
窓の外では雨がまだ降っている。
でも今日の雨は、俺にとって大切な何かを運んできてくれた気がした。
翌日、研究室で俺は静香にお礼を言った。
「昨日はありがとう。傘を貸してくれて」
「お役に立てて良かったです」
「それと……君の言葉で、いろいろ気づくことができた」
「私なんて、大したことは言ってませんよ」
「いや、とても大切なことを教えてもらった」
静香は少し照れたように微笑んだ。
「田中さんが元気になってくれれば、それで十分です」
そんな静香を見ていると、俺の心に新しい感情が芽生えていることに気づいた。
それは歩美への憧れとは違う、もっと温かくて自然な感情だった。
「……もしかして」
俺の恋愛アルゴリズムに、重大なバグ──いや、新機能が追加されようとしていた。