仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
第1章・Scene2 仮面と仮面の出会い
舞台稽古のために用意されたスタジオは、朝から慌ただしかった。
高い天井のライトが白くまぶしく光り、床にはケーブルや小道具が並べられ、スタッフたちが忙しなく出入りしている。
スピーカーから流れる調整用の音が、空気の奥でかすかに響いていた。
岡崎優香は、その隅に立ったまま、自分の指をぎゅっと握りしめていた。
(大丈夫、大丈夫……ちゃんと、できる)
喉がひりつくように乾いて、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。新人として呼ばれたこの現場で、絶対に失敗はできない――そう思えば思うほど、緊張が足元をすくっていった。
扉が音を立てて開く。
入ってきたのは、落ち着いたスーツを身にまとった三島弘樹。その後ろに続いて現れたのは――
明るいブラウンの髪をやわらかく整え、ベージュのジャケットに身を包んだ青年。
どこかでスポットライトを浴びていたような、まばゆい存在感をまといながら、静かにスタジオの空気を揺らして入ってくる。
宅麻大地。
昨日までテレビの向こうにいた“理想のアイドル”が、今、目の前にいる。
「大地、紹介しておこう」
三島が手を軽く伸ばす。
「彼女は岡崎優香。今日からお前の現場担当だ。スケジュール管理やサポート業務を任せる」
青年――大地は、自然な所作で一礼した。
その笑顔はどこまでも柔らかく、完璧だった。
「はじめまして。宅麻大地です。これから、よろしくお願いします」
優しい声。澄んだ表情。流れるような挨拶。
けれど、優香はその“完璧さ”に、ほんのわずかな違和感を覚えた。まるで、あまりにも計算された“仮面”のように。
「岡崎優香です。あの……精一杯頑張ります。ご迷惑をかけないよう、気をつけますので……」
緊張で声が少し上ずり、言葉が早口になる。
そのとき、大地がふいに彼女の目を見つめた。笑顔はそのまま――けれど、その瞳の奥に、一瞬だけ疲れの影が差した。
「……ありがとう。嬉しいです。……そう言ってくれる人、久しぶりで」
その一言は、柔らかいのに、どこか切なく響いた。
優香は返事を忘れ、ただその瞳を見返してしまう。
三島は満足そうに頷いた。
「お互い、支え合ってくれ。――よろしく頼むよ、優香さん」
その声に押されるように、二人はわずかに会釈を交わした。
すれ違いざま、大地はふと彼女の背中を振り返る。自分の言葉にあんなふうに目を見開く人間を、久しく見ていなかった。嘘も、疑いもないまなざし。少し不器用で、まっすぐな反応。――今の自分に“感情で応えてくれる人”がまだいたことが、ほんの少し心を揺らした。
一方、歩きながら優香は大地の笑顔を思い返していた。柔らかくて、優しくて、完璧だった。なのに、胸が少しだけ苦しくなった。あの人、本当に笑っていたのだろうか――そう思うと、昔の自分が脳裏に浮かぶ。誰かの期待に応えるために、無理に笑っていた頃の、自分自身の顔が。
そして、そんな二人を見つめながら、三島は内心で静かに頷いていた。
(――悪くない。あの女より、ずっと扱いやすい)
自己主張しない、感情に流されない、従順で誠実そう。失敗すれば責任を取らせやすく、上層部を欺くには最適だ。
宅麻大地という“最高の商品”を、もう二度と壊させはしない。完璧にコントロールされた存在として、舞台に立たせる。そのための人選。
(これでいい。……これがベストだ)
彼の笑みは柔らかく保たれていた。だがその裏で、冷たい計算が着実に進んでいた。
高い天井のライトが白くまぶしく光り、床にはケーブルや小道具が並べられ、スタッフたちが忙しなく出入りしている。
スピーカーから流れる調整用の音が、空気の奥でかすかに響いていた。
岡崎優香は、その隅に立ったまま、自分の指をぎゅっと握りしめていた。
(大丈夫、大丈夫……ちゃんと、できる)
喉がひりつくように乾いて、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。新人として呼ばれたこの現場で、絶対に失敗はできない――そう思えば思うほど、緊張が足元をすくっていった。
扉が音を立てて開く。
入ってきたのは、落ち着いたスーツを身にまとった三島弘樹。その後ろに続いて現れたのは――
明るいブラウンの髪をやわらかく整え、ベージュのジャケットに身を包んだ青年。
どこかでスポットライトを浴びていたような、まばゆい存在感をまといながら、静かにスタジオの空気を揺らして入ってくる。
宅麻大地。
昨日までテレビの向こうにいた“理想のアイドル”が、今、目の前にいる。
「大地、紹介しておこう」
三島が手を軽く伸ばす。
「彼女は岡崎優香。今日からお前の現場担当だ。スケジュール管理やサポート業務を任せる」
青年――大地は、自然な所作で一礼した。
その笑顔はどこまでも柔らかく、完璧だった。
「はじめまして。宅麻大地です。これから、よろしくお願いします」
優しい声。澄んだ表情。流れるような挨拶。
けれど、優香はその“完璧さ”に、ほんのわずかな違和感を覚えた。まるで、あまりにも計算された“仮面”のように。
「岡崎優香です。あの……精一杯頑張ります。ご迷惑をかけないよう、気をつけますので……」
緊張で声が少し上ずり、言葉が早口になる。
そのとき、大地がふいに彼女の目を見つめた。笑顔はそのまま――けれど、その瞳の奥に、一瞬だけ疲れの影が差した。
「……ありがとう。嬉しいです。……そう言ってくれる人、久しぶりで」
その一言は、柔らかいのに、どこか切なく響いた。
優香は返事を忘れ、ただその瞳を見返してしまう。
三島は満足そうに頷いた。
「お互い、支え合ってくれ。――よろしく頼むよ、優香さん」
その声に押されるように、二人はわずかに会釈を交わした。
すれ違いざま、大地はふと彼女の背中を振り返る。自分の言葉にあんなふうに目を見開く人間を、久しく見ていなかった。嘘も、疑いもないまなざし。少し不器用で、まっすぐな反応。――今の自分に“感情で応えてくれる人”がまだいたことが、ほんの少し心を揺らした。
一方、歩きながら優香は大地の笑顔を思い返していた。柔らかくて、優しくて、完璧だった。なのに、胸が少しだけ苦しくなった。あの人、本当に笑っていたのだろうか――そう思うと、昔の自分が脳裏に浮かぶ。誰かの期待に応えるために、無理に笑っていた頃の、自分自身の顔が。
そして、そんな二人を見つめながら、三島は内心で静かに頷いていた。
(――悪くない。あの女より、ずっと扱いやすい)
自己主張しない、感情に流されない、従順で誠実そう。失敗すれば責任を取らせやすく、上層部を欺くには最適だ。
宅麻大地という“最高の商品”を、もう二度と壊させはしない。完璧にコントロールされた存在として、舞台に立たせる。そのための人選。
(これでいい。……これがベストだ)
彼の笑みは柔らかく保たれていた。だがその裏で、冷たい計算が着実に進んでいた。