仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

第1章・Scene12.5 仮面の境界線

 稽古場の照明が落ち、残されたのは片づけを急ぐスタッフの足音と、機材を運ぶ台車のかすかなきしみ音だけだった。
 白い蛍光灯が点いた廊下に、優香の靴音が控えめに響く。

 彼を探していた。

 舞台袖にも、楽屋にも姿はない。けれど、どこかに“残っている”気がしていた。

 ……いた。

 控室の前のベンチに、ひとりの影が座っていた。
 濡れた髪を無造作に拭きながら、背中を丸めている。照明に照らされたその輪郭は、間違いなく宅麻大地――けれど、同時に“彼”ではなかった。

 優香はそっと歩を進め、静かに声をかけた。

「……宅麻さん?」

 返事はない。
 ただ、彼はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳に宿る色は、昼間のそれとは違っていた。
 作られた光も、営業用の優しさもない。ただ、深い暗がりのような静けさがあった。

「……もう帰る。車、いらない」

 低く、乾いた声。
 完璧に調律された“宅麻大地”のトーンとは明らかに違う、生の声だった。

 優香は思わず言葉に詰まる。

「……雨、降ってますよ? 送ります」

「いい。歩きたい」

 そう言って立ち上がると、蓮は肩にジャケットを引っかけ、ゆっくりと歩き出した。
 その背中は、誰も近づけない距離をまとっているようで――けれど、不思議と、壊れそうにも見えた。

 優香は、その場に立ち尽くす。

 昼間のステージで見せた、あの輝く笑顔。
 控室で言葉を交わした、あたたかい声。
 ――それらすべてが、今の彼の姿とは、まるで別の人格にすら思えた。

(……一体、どっちが本当なんだろう)

 けれど、確かに思った。

 たった今、目の前を通り過ぎていった彼の瞳こそが――
 どこよりも“素顔”に近い気がした。



 
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