仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
第0章・Scene6 会見後の裏側
楽屋のドアが閉まった瞬間、膝から力が抜け、彼は崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。
宅麻大地――そう名乗る青年は、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
手のひらはじっとりと汗で濡れ、胸の奥では心臓が早鐘のように打っている。
けれど、その高鳴る鼓動は、興奮や達成感によるものではなかった。
ただ、“演じ終えた”という安堵と、言葉にできない虚しさが、そこにあった。
「完璧だったな」
背後から落ちてきた低い声。
三島が静かに拍手をしながら、彼の背に立つ。
「視線も、笑顔も、答えも。まるで台本通りだ。……いや、“本物”の宅麻大地だったよ」
「……ありがとうございます」
口から出た礼の言葉は、どこか他人のもののように聞こえた。
自分の喉を通った音に、まるで現実味がない。まるで録音された音声のようだった。
「どうだ、外の空気は。ファンの歓声。光の中。……懐かしいだろ?」
青年――大地は、黙っていた。
“懐かしい”と感じるべきなのか、それさえわからない。
むしろ、自分だけが取り残されているような感覚に囚われていた。
「言葉はどうでもいい。ただ、これだけは覚えておけ」
三島が肩に手を置く。
冷たい指先が、じわじわと圧をかけてくる。
「君は“宅麻大地”であって、それ以外ではない。
あのステージに立ち続ける限り、過去も、感情も、いらない。
必要なのは――完璧な存在であることだけだ」
“それ以外ではない”。
その言葉が、胸のどこかを静かに、しかし鋭く刺した。
「……もし、僕が……“違う名前”だったとしたら?」
ぽつりと、反射のように漏れた声。
何かを確かめたくて。何かを否定したくて。気づけば口が動いていた。
三島は、一瞬だけ間を置いた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「その思考自体が、無意味だ。
過去は“なかったこと”にすればいい。“宅麻大地”として生きる。
それが君を守る唯一の方法だ。……それとも、もう一度、無名の誰かに戻りたいか?」
沈黙。
「君にはもう、選択肢なんてないよ」
その声は、やわらかく響いた。
けれど、そこに宿るのは優しさではない。
それは、音のない鎖だった。
――もう、“宅麻大地”として生きるしかない。
心の底に、何か重たいものが沈んでいくのを感じながら、大地は鏡に視線を向けた。
ライトを受けた明るいブラウンの髪が、やわらかく光っている。
ジャケットの胸元で揺れる、シルバーのブローチが微かに反射する。
そこに映っていたのは、誰もが憧れる、完璧な王子様の笑顔。
だが、その笑顔の奥には、誰にも見えない、小さなひびが走っていた。
宅麻大地――そう名乗る青年は、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
手のひらはじっとりと汗で濡れ、胸の奥では心臓が早鐘のように打っている。
けれど、その高鳴る鼓動は、興奮や達成感によるものではなかった。
ただ、“演じ終えた”という安堵と、言葉にできない虚しさが、そこにあった。
「完璧だったな」
背後から落ちてきた低い声。
三島が静かに拍手をしながら、彼の背に立つ。
「視線も、笑顔も、答えも。まるで台本通りだ。……いや、“本物”の宅麻大地だったよ」
「……ありがとうございます」
口から出た礼の言葉は、どこか他人のもののように聞こえた。
自分の喉を通った音に、まるで現実味がない。まるで録音された音声のようだった。
「どうだ、外の空気は。ファンの歓声。光の中。……懐かしいだろ?」
青年――大地は、黙っていた。
“懐かしい”と感じるべきなのか、それさえわからない。
むしろ、自分だけが取り残されているような感覚に囚われていた。
「言葉はどうでもいい。ただ、これだけは覚えておけ」
三島が肩に手を置く。
冷たい指先が、じわじわと圧をかけてくる。
「君は“宅麻大地”であって、それ以外ではない。
あのステージに立ち続ける限り、過去も、感情も、いらない。
必要なのは――完璧な存在であることだけだ」
“それ以外ではない”。
その言葉が、胸のどこかを静かに、しかし鋭く刺した。
「……もし、僕が……“違う名前”だったとしたら?」
ぽつりと、反射のように漏れた声。
何かを確かめたくて。何かを否定したくて。気づけば口が動いていた。
三島は、一瞬だけ間を置いた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「その思考自体が、無意味だ。
過去は“なかったこと”にすればいい。“宅麻大地”として生きる。
それが君を守る唯一の方法だ。……それとも、もう一度、無名の誰かに戻りたいか?」
沈黙。
「君にはもう、選択肢なんてないよ」
その声は、やわらかく響いた。
けれど、そこに宿るのは優しさではない。
それは、音のない鎖だった。
――もう、“宅麻大地”として生きるしかない。
心の底に、何か重たいものが沈んでいくのを感じながら、大地は鏡に視線を向けた。
ライトを受けた明るいブラウンの髪が、やわらかく光っている。
ジャケットの胸元で揺れる、シルバーのブローチが微かに反射する。
そこに映っていたのは、誰もが憧れる、完璧な王子様の笑顔。
だが、その笑顔の奥には、誰にも見えない、小さなひびが走っていた。