仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene26 優香の部屋にて

夜道を走る車の中。
ハンドルを握る優香の指先には、気づかぬうちに力が込められていた。
車内に響くのは、小さなエンジン音と、タイヤが路面を滑る低い振動だけ。

助手席の蓮は、窓の外を流れていく街の明かりをただ見つめている。
沈黙はふたりにとって決して苦ではないはずなのに――
今夜だけは、胸の奥をきゅっと締めつけた。

(……さっきの、あの目……あの距離感……)
優香の胸が、ずっとざわついていた。

(聞いたら壊れる気がする。でも、このままじゃ私……)

信号待ち。
フロントガラス越しに浮かんだ街灯が、蓮の横顔を一瞬だけ照らす。
その影はどこか遠く、手の届かない人のように見えた。

……車の中では、それ以上、言葉は出なかった。


---

玄関のドアが閉まると、部屋に静寂が落ちた。
優香はコートを脱ぎかけて――ふと振り返る。
胸がどくん、と大きく鳴った。

「……ねえ、大地くん。」

蓮がゆっくり、顔を向ける。
その瞳の奥には、触れてはいけない影が落ちていた。

優香は息を整え、慎重に言葉を探す。

「……さっきの……璃子さんとのこと。あれって……どういう意味なの……?」

沈黙が落ちた。
壁掛け時計の秒針だけが、やけに大きく響く。

蓮は視線を伏せ、拳を固く握りしめた。
肩がかすかに震えている。

(……言うな。思い出すな。
 でも……優香に黙ったままでいいのか……?
 全部話したら……きっと嫌われる……)

搾り出すように、蓮は言った。

「……璃子は……昔、俺を支えてくれた人だ。
 俺……あの頃、本当に弱くて……あいつに甘えて、すがって……。
 でも、それ以上のことは……」

優香の胸がぎゅっと締めつけられる。

(……“それ以上”の何かがあるんだ……でも、今はまだ言えないんだ……)

「……ごめん……優香。」
蓮は苦しげに続けた。

「……全部を話したら、きっと……俺を嫌いになるかもしれないって……
 それが……怖かった。」

優香はそっと目を伏せる。
「信じたい」と頭では思っているのに、胸の奥が痛んだ。

(それでも……大地くんは嘘をついていない。
 言えない理由も……ちゃんとある。)

「……そっか……」

かすれた声。その弱さに、蓮が驚いたように顔を上げる。

「……隠してるほうが、もっと苦しかった。
 でも……まだ……全部を言える自信がない。」

優香は小さく息を吸い、そっと歩み寄った。
涙をこらえながら、蓮の手に自分の手を重ねる。

「……嫌いになんて、ならないよ。
 私は……今の大地くんが全部だから。
 言えるようになるまで……待ってる。」

蓮の瞳が揺れ、唇がわずかに震えた。

「……ごめん……」

優香は強く首を振り、ふわりと微笑む。

「……いいんだよ。私はここにいるから。」

その一言が、蓮の心の奥深くに、静かに届いた。

 
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