百合と霹靂(マンガシナリオ)
#1 花泥棒
◯都心から車で一時間ほど離れた、田畑や水田が広がるのどかな田園地帯。
◯一花が通う園芸デザイン科がある古びた日農高校の校舎。
◯放課後、茜色の夕焼け空にカラスの群れが舞う。
◯上下ジャージに軍手姿、マッシュボブにノーメイクの一花。
◯園芸部の部員たちと校舎脇に建てられたビニールハウス周辺で、顔に泥をつけながら花の手入れや草取りをしている。
◯一部の男子部員たちが愚痴をこぼす。
園芸部員A「あー。早く帰りてー!」
園芸B「テストの最終日くらいは、部活ナシにしてくれ!」
園芸部員A「一日くらい休ませろー!」
◯しゃがみ込んで草刈りをしていた一花が顔色を変えて立ち上がる。
◯鎌を手に愚痴を言っていた部員の前に立ちはだかると、二人を軽く睨む。
一花「…。」
◯無言の圧力におののく園芸部員A・B。
園芸部員A・B「なににらんでんだよ、轟。」
一花「先輩。例えば、親にご飯を一日抜かれたとしたらツラくない?」
園芸部員A「そりゃそうだ。」
一花「花だって生きてるから同じ。
水をあげなかったら可哀想。」
園芸部員B「可哀想って…。」
園芸部員A「所せんは花だろ?」
◯ヘラヘラと笑って一花をあしらおうとする二人。
◯一花の声音がワントーン下がり、表情が暗くなる。
一花「それで言えば先輩たちも同じでしょ?」
園芸部員A「ハァ?」
一花「所せん、人間も動物。地球で暮らす生物というジャンルにおいて、動物と植物は何が違うの?」
園芸部員B「何言ってんの、コイツ?」
一花「正論言ってんの。」
園芸部員A「ムカつく…一年のくせに生意気なんだよ!」
◯一花を威嚇するように詰め寄る二人。
◯二人の足元に持っていた鎌をビュッと投げつける一花。
園芸部員A・B「ヒィッ、こわ!」
一花「成敗!」
◯後ずさりする部員二人に一花のドロップキックが次々にさく裂する。
園芸部員A・B「フギャッ‼」
◯地面に倒れ込む二人の男子。
一花「全ての農作物に謝れ!」
園芸部員A「こんの…!」
園芸部員B「調子に乗りやがって!!」
◯険悪な雰囲気の三人。
◯園芸部・部長の伊達 草汰が、三人の喧嘩の仲裁に入る。
草汰「ハイ引き分け、お疲れー!!」
一花「草ニィ!」
草汰「一花、俺とハウスの見回りに行こう。
みんなも今の作業が終わり次第、今日は解散。な!」
◯一花の背中を両手で押してビニールハウスに向かう草汰。
◯一花に蹴られて倒れた土まみれの部員たちが立ち上がって愚痴をこぼす。
園芸部員B「イッテー…まじ狂犬すぎ。」
園芸部員A「部長も荒ぶる柴犬のお守りは大変だよな。」
園芸部員B「あの二人ってデキてんの?」
園芸部員A「まさか。ただの幼なじみだろ。
ちょっと過保護すぎだとは思うけど。」
園芸部員B「部長の片思いだったりして。」
園芸部員A「は? ないない。相手は柴犬だぞ。」
◯園芸部員A・B半笑いするが、草汰の行動を思い起こして表情が凍りつく。
園芸部員A・B(ないこともない…か?)
◯同情する表情を浮かべる。
♢
◯園芸部が管理するビニールハウスは六棟。三棟は野菜、三棟は花のハウスになっている。
◯花のハウスに入る一花と草汰。
◯草汰がむくれている一花の顏を覗き込んで微笑む。
草汰「あんまり怒るなよ。アイツらに悪気が無いのはわかってるだろ?」
一花「わかってる、けれども!」
草汰「そんなに興奮するから『柴犬』なんてあだ名で呼ばれるんだぞ。」
一花「カワイイじゃん。あたしにピッタリ。」
草汰「柴犬に謝れ。」
◯夫婦漫才のように掛け合いをしていた草汰の目線が、急に柔らかくなる。
草汰「今日もありがとな。」
◯一花が照れ臭そうに鼻を搔く。
一花「別に、草汰ニィのためじゃないよ。早く家に帰りたくないだけ。」
草汰「ああ…そっか。」
◯一花の苦し気な表情から気持ちを察した草汰が、言いづらそうに切り出す。
草汰「やっぱり…新しいお義父さんのことは苦手なの?」
一花「苦手っていうか、一花のパパはひとりだけだもん。」
◯心配そうな表情の伊達から目をそらして答える一花。
一花「どちらかというと今は、ママとの方がギクシャクしてるかな…。」
草汰「俺で良かったら愚痴を聞くよ。いつでもメールして。」
◯一花がニヤッとして草汰を振り返る。
一花「ニィに相談するくらいなら、AIに愚痴るからいいよ。」
草汰「マジか〜。これでも先輩なのに、俺、AI以下か〜!?」
◯草汰が大げさにリアクションをしてみせると、一花の表情が和らぐ。
◯その時ふと、一花の視界に黒い影が映った。
一花「ユリのハウスに誰かいる?」
草汰「隣のハウスに? いや、みんな帰ったはず…おい、一花!」
◯猛ダッシュで野菜のハウスを飛び出す一花。
草汰「相変わらず猪突猛進なんだから…まぁ、それが一花らしいけど。」
♢
◯130センチ丈のユリのつぼみが立ち並ぶユリのビニールハウス。
◯黒の着流しを着た背の高いハーフ顏の少年が一輪のユリの前に佇んでいる。
カヲル「これはシベリアか? こんなパーフェクトな1輪は見たことがない…。」
◯開花前のユリの根元にしゃがみ込み、帯の間から花鋏を取り出すカヲル。
◯そこに猛然とダッシュしてきた一花が、怒りの形相で叫ぶ。
一花「ストップ! 花ドロボー!」
カヲル「エッ。」
◯振り向いたカヲルの胴に一花のローキックが見事に決まる。
カヲル「グエッ…!」
◯地面に横向きに倒れるカヲル。
◯すかさずカヲルに馬乗りになる一花。
一花「現行犯! 成敗する!!」
◯拳を振り上げる一花にカヲルが必死に謝罪をする。
カヲル「ご、誤解だ! 盗もうとしたわけじゃない。どう生けようかを妄想して、つい鋏を手に…。」
一花「ついで済んだらケーサツいらんわ! 生産者の怒りを思い知れ!!」
◯カヲルの左頬にノンストップでグーパンチが炸裂する。
◯カヲルがのけぞり、土埃が舞う。
菖蒲「キャーッ!」
◯ビニールハウスの外からこの光景を目にした小袖姿に袴の女子と隣の制服姿の女子が悲鳴を上げる。
◯一花を追って来た草汰も予想外の光景に立ちすくむ。
◯カヲルに馬乗りのままの一花が、草汰を振り返る。
一花「花泥棒よ! 誰でもいいから先生を呼んできて‼」
道枝「カヲル師範になんてことを…!」
一花「カヲル師範?」
道枝「その方は、学校認定の華道部の外部講師です!」
◯青ざめた華道部部長・道枝が一花をカヲルから無理やり引きずり下ろす。
一花「その外部講師がなんでユリハウスに居るのよ?」
◯道枝と草汰に両脇を抑えられた一花は敵意をむき出しにしてカヲルを睨む。
カヲル「だから、誤解だと言っているのに。」
◯菖蒲に助け起こされたカヲルが、腫れあがる頬に手を当てながら説明する。
カヲル「こちらの園芸部の花は全国高校園芸コンクールで金賞を取ったこともあると聞いて、ハウスの見学をさせてもらっていたんだ。」
道枝「園芸部の顧問の木下先生には了解を得ています!」
草汰「部長の俺は、聞いてませんけど…。」
道枝「そんな…。」
◯カヲルが長い指を優雅にユリのつぼみに向ける。
カヲル「それよりも、このシベリアは特に素晴らしい出来ですね。誰が育てているんですか?」
草汰「…そこであなたに敵意丸出しの、興奮した柴犬みたいなJKです。」
◯意外な顏をして目の前の一花を見つめるカヲル
カヲル「君がこの完璧な仕事を…名前は?」
一花「轟 一花。」
カヲル「予想外だ。」
◯一花に深く頭を下げるカヲル。
カヲル「俺は真行寺カヲル。
無作法の非礼も込めて、この花を買わせてくれないか?」
一花「は?」
カヲル「たった今、このユリからインスパイアされて個展の作品の構想が浮かんだんだ。」
一花「個展? 作品?」
◯背中まである艶やかなロングヘア―の菖蒲(着物と袴が似合う儚げな美少女)がスッと前に出る。
菖蒲「カヲルさんは華道の名門・花鳥風月流の次期家元です。
今年開催されるNYの個展で出品する生け花にあなたのユリを使いたいとご所望なのです。もちろん、謝礼はお支払いします。」
草汰「真行寺って、あの華王子⁉ 花屋のCMとかに出てる人だよね⁉ 」
◯有名人に気がついて、興奮し唾を飛ばして喋る草汰。
道枝「日本学術院の高校一年生でありながら、ボランティアで華道部の外部講師もしてるカヲル師範に関心を寄せていただくことは、たいへん栄誉なことですよ!」
◯誇らしげに語る道枝。
草汰「スゴイじゃん一花、お前のユリが売れるなんて!」
一花「売らないし。」
草汰「そうそう、そんな簡単に一花のユリは売れない…って、おい⁉」
◯一花は馬鹿にしたようにカヲルたちを嘲笑う。
一花「生け花なんて、金持ちのままごと遊びじゃない!」
カヲル「ッ…。」
◯カヲルの顔色が変わる。
◯顎を上げて話し続ける一花。
一花「しかも切り口を棘に突き刺して、花が死ぬまで生殺し?
そんなことのために大切な我が子は売れません!」
◯一同がぼう然とする中、体についた土を払って帰り支度をする一花。
一花「もう帰っていい? じゃ、おつかれ。」
◯草汰がカヲルにペコペコと頭を下げる。
草汰「アイツは頑固なんで、諦めてください。じゃっ!」
◯苦笑いを残して一花の後を追いかける草汰。
道枝「も、申し訳ありません!」
◯道枝が憤慨してカヲルに平謝りをする。
道枝「轟さんの実家はユリ農家で腕は確かなんですが、性格に難がありまして…。
でも他の生徒のユリなら交渉も可能だと思います。」
菖蒲「怖い方だったわね、カヲルさん。
あのユリは諦めて、他のお花を見せてもらいましょうよ。」
カヲル「こういうの…久しぶりだな。」
菖蒲「カヲルさん?」
カヲル「アハハハ!」
◯腹を抱えて笑い出すカヲルを不審そうに見る菖蒲。
カヲル「俺が何かを諦めるだと? そんなことは俺以外の誰にも決めさせやしない。」
◯腕組みし、左頬を赤く腫れさせたカヲルが一花のユリを指さして不敵に微笑む。
カヲル「轟一花が欲しい。」
◯一花が通う園芸デザイン科がある古びた日農高校の校舎。
◯放課後、茜色の夕焼け空にカラスの群れが舞う。
◯上下ジャージに軍手姿、マッシュボブにノーメイクの一花。
◯園芸部の部員たちと校舎脇に建てられたビニールハウス周辺で、顔に泥をつけながら花の手入れや草取りをしている。
◯一部の男子部員たちが愚痴をこぼす。
園芸部員A「あー。早く帰りてー!」
園芸B「テストの最終日くらいは、部活ナシにしてくれ!」
園芸部員A「一日くらい休ませろー!」
◯しゃがみ込んで草刈りをしていた一花が顔色を変えて立ち上がる。
◯鎌を手に愚痴を言っていた部員の前に立ちはだかると、二人を軽く睨む。
一花「…。」
◯無言の圧力におののく園芸部員A・B。
園芸部員A・B「なににらんでんだよ、轟。」
一花「先輩。例えば、親にご飯を一日抜かれたとしたらツラくない?」
園芸部員A「そりゃそうだ。」
一花「花だって生きてるから同じ。
水をあげなかったら可哀想。」
園芸部員B「可哀想って…。」
園芸部員A「所せんは花だろ?」
◯ヘラヘラと笑って一花をあしらおうとする二人。
◯一花の声音がワントーン下がり、表情が暗くなる。
一花「それで言えば先輩たちも同じでしょ?」
園芸部員A「ハァ?」
一花「所せん、人間も動物。地球で暮らす生物というジャンルにおいて、動物と植物は何が違うの?」
園芸部員B「何言ってんの、コイツ?」
一花「正論言ってんの。」
園芸部員A「ムカつく…一年のくせに生意気なんだよ!」
◯一花を威嚇するように詰め寄る二人。
◯二人の足元に持っていた鎌をビュッと投げつける一花。
園芸部員A・B「ヒィッ、こわ!」
一花「成敗!」
◯後ずさりする部員二人に一花のドロップキックが次々にさく裂する。
園芸部員A・B「フギャッ‼」
◯地面に倒れ込む二人の男子。
一花「全ての農作物に謝れ!」
園芸部員A「こんの…!」
園芸部員B「調子に乗りやがって!!」
◯険悪な雰囲気の三人。
◯園芸部・部長の伊達 草汰が、三人の喧嘩の仲裁に入る。
草汰「ハイ引き分け、お疲れー!!」
一花「草ニィ!」
草汰「一花、俺とハウスの見回りに行こう。
みんなも今の作業が終わり次第、今日は解散。な!」
◯一花の背中を両手で押してビニールハウスに向かう草汰。
◯一花に蹴られて倒れた土まみれの部員たちが立ち上がって愚痴をこぼす。
園芸部員B「イッテー…まじ狂犬すぎ。」
園芸部員A「部長も荒ぶる柴犬のお守りは大変だよな。」
園芸部員B「あの二人ってデキてんの?」
園芸部員A「まさか。ただの幼なじみだろ。
ちょっと過保護すぎだとは思うけど。」
園芸部員B「部長の片思いだったりして。」
園芸部員A「は? ないない。相手は柴犬だぞ。」
◯園芸部員A・B半笑いするが、草汰の行動を思い起こして表情が凍りつく。
園芸部員A・B(ないこともない…か?)
◯同情する表情を浮かべる。
♢
◯園芸部が管理するビニールハウスは六棟。三棟は野菜、三棟は花のハウスになっている。
◯花のハウスに入る一花と草汰。
◯草汰がむくれている一花の顏を覗き込んで微笑む。
草汰「あんまり怒るなよ。アイツらに悪気が無いのはわかってるだろ?」
一花「わかってる、けれども!」
草汰「そんなに興奮するから『柴犬』なんてあだ名で呼ばれるんだぞ。」
一花「カワイイじゃん。あたしにピッタリ。」
草汰「柴犬に謝れ。」
◯夫婦漫才のように掛け合いをしていた草汰の目線が、急に柔らかくなる。
草汰「今日もありがとな。」
◯一花が照れ臭そうに鼻を搔く。
一花「別に、草汰ニィのためじゃないよ。早く家に帰りたくないだけ。」
草汰「ああ…そっか。」
◯一花の苦し気な表情から気持ちを察した草汰が、言いづらそうに切り出す。
草汰「やっぱり…新しいお義父さんのことは苦手なの?」
一花「苦手っていうか、一花のパパはひとりだけだもん。」
◯心配そうな表情の伊達から目をそらして答える一花。
一花「どちらかというと今は、ママとの方がギクシャクしてるかな…。」
草汰「俺で良かったら愚痴を聞くよ。いつでもメールして。」
◯一花がニヤッとして草汰を振り返る。
一花「ニィに相談するくらいなら、AIに愚痴るからいいよ。」
草汰「マジか〜。これでも先輩なのに、俺、AI以下か〜!?」
◯草汰が大げさにリアクションをしてみせると、一花の表情が和らぐ。
◯その時ふと、一花の視界に黒い影が映った。
一花「ユリのハウスに誰かいる?」
草汰「隣のハウスに? いや、みんな帰ったはず…おい、一花!」
◯猛ダッシュで野菜のハウスを飛び出す一花。
草汰「相変わらず猪突猛進なんだから…まぁ、それが一花らしいけど。」
♢
◯130センチ丈のユリのつぼみが立ち並ぶユリのビニールハウス。
◯黒の着流しを着た背の高いハーフ顏の少年が一輪のユリの前に佇んでいる。
カヲル「これはシベリアか? こんなパーフェクトな1輪は見たことがない…。」
◯開花前のユリの根元にしゃがみ込み、帯の間から花鋏を取り出すカヲル。
◯そこに猛然とダッシュしてきた一花が、怒りの形相で叫ぶ。
一花「ストップ! 花ドロボー!」
カヲル「エッ。」
◯振り向いたカヲルの胴に一花のローキックが見事に決まる。
カヲル「グエッ…!」
◯地面に横向きに倒れるカヲル。
◯すかさずカヲルに馬乗りになる一花。
一花「現行犯! 成敗する!!」
◯拳を振り上げる一花にカヲルが必死に謝罪をする。
カヲル「ご、誤解だ! 盗もうとしたわけじゃない。どう生けようかを妄想して、つい鋏を手に…。」
一花「ついで済んだらケーサツいらんわ! 生産者の怒りを思い知れ!!」
◯カヲルの左頬にノンストップでグーパンチが炸裂する。
◯カヲルがのけぞり、土埃が舞う。
菖蒲「キャーッ!」
◯ビニールハウスの外からこの光景を目にした小袖姿に袴の女子と隣の制服姿の女子が悲鳴を上げる。
◯一花を追って来た草汰も予想外の光景に立ちすくむ。
◯カヲルに馬乗りのままの一花が、草汰を振り返る。
一花「花泥棒よ! 誰でもいいから先生を呼んできて‼」
道枝「カヲル師範になんてことを…!」
一花「カヲル師範?」
道枝「その方は、学校認定の華道部の外部講師です!」
◯青ざめた華道部部長・道枝が一花をカヲルから無理やり引きずり下ろす。
一花「その外部講師がなんでユリハウスに居るのよ?」
◯道枝と草汰に両脇を抑えられた一花は敵意をむき出しにしてカヲルを睨む。
カヲル「だから、誤解だと言っているのに。」
◯菖蒲に助け起こされたカヲルが、腫れあがる頬に手を当てながら説明する。
カヲル「こちらの園芸部の花は全国高校園芸コンクールで金賞を取ったこともあると聞いて、ハウスの見学をさせてもらっていたんだ。」
道枝「園芸部の顧問の木下先生には了解を得ています!」
草汰「部長の俺は、聞いてませんけど…。」
道枝「そんな…。」
◯カヲルが長い指を優雅にユリのつぼみに向ける。
カヲル「それよりも、このシベリアは特に素晴らしい出来ですね。誰が育てているんですか?」
草汰「…そこであなたに敵意丸出しの、興奮した柴犬みたいなJKです。」
◯意外な顏をして目の前の一花を見つめるカヲル
カヲル「君がこの完璧な仕事を…名前は?」
一花「轟 一花。」
カヲル「予想外だ。」
◯一花に深く頭を下げるカヲル。
カヲル「俺は真行寺カヲル。
無作法の非礼も込めて、この花を買わせてくれないか?」
一花「は?」
カヲル「たった今、このユリからインスパイアされて個展の作品の構想が浮かんだんだ。」
一花「個展? 作品?」
◯背中まである艶やかなロングヘア―の菖蒲(着物と袴が似合う儚げな美少女)がスッと前に出る。
菖蒲「カヲルさんは華道の名門・花鳥風月流の次期家元です。
今年開催されるNYの個展で出品する生け花にあなたのユリを使いたいとご所望なのです。もちろん、謝礼はお支払いします。」
草汰「真行寺って、あの華王子⁉ 花屋のCMとかに出てる人だよね⁉ 」
◯有名人に気がついて、興奮し唾を飛ばして喋る草汰。
道枝「日本学術院の高校一年生でありながら、ボランティアで華道部の外部講師もしてるカヲル師範に関心を寄せていただくことは、たいへん栄誉なことですよ!」
◯誇らしげに語る道枝。
草汰「スゴイじゃん一花、お前のユリが売れるなんて!」
一花「売らないし。」
草汰「そうそう、そんな簡単に一花のユリは売れない…って、おい⁉」
◯一花は馬鹿にしたようにカヲルたちを嘲笑う。
一花「生け花なんて、金持ちのままごと遊びじゃない!」
カヲル「ッ…。」
◯カヲルの顔色が変わる。
◯顎を上げて話し続ける一花。
一花「しかも切り口を棘に突き刺して、花が死ぬまで生殺し?
そんなことのために大切な我が子は売れません!」
◯一同がぼう然とする中、体についた土を払って帰り支度をする一花。
一花「もう帰っていい? じゃ、おつかれ。」
◯草汰がカヲルにペコペコと頭を下げる。
草汰「アイツは頑固なんで、諦めてください。じゃっ!」
◯苦笑いを残して一花の後を追いかける草汰。
道枝「も、申し訳ありません!」
◯道枝が憤慨してカヲルに平謝りをする。
道枝「轟さんの実家はユリ農家で腕は確かなんですが、性格に難がありまして…。
でも他の生徒のユリなら交渉も可能だと思います。」
菖蒲「怖い方だったわね、カヲルさん。
あのユリは諦めて、他のお花を見せてもらいましょうよ。」
カヲル「こういうの…久しぶりだな。」
菖蒲「カヲルさん?」
カヲル「アハハハ!」
◯腹を抱えて笑い出すカヲルを不審そうに見る菖蒲。
カヲル「俺が何かを諦めるだと? そんなことは俺以外の誰にも決めさせやしない。」
◯腕組みし、左頬を赤く腫れさせたカヲルが一花のユリを指さして不敵に微笑む。
カヲル「轟一花が欲しい。」