私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
至近距離で、彼はパニックになったようにまくしたてる。その剣幕に、私はただぽかんとするばかり。

「……っ」
「おい、聞いてるか? どっか怪我でもしたのか?」

私の反応がないことに、彼はさらに焦りを募らせる。掴んだ肩をもう一度ゆさゆさと揺さぶり、私の体を上から下まで、何か異常がないか確かめるように見ていた。

そうだ、私……。

彼の必死の形相を見てようやく、霧がかっていた頭に記憶が蘇る。

絶望の中で、無意識に助けてなんて、言っちゃったんだ。

「ごめん……」
「ごめんて、なんだよ?」
「あ……いや、その……」

この慌てよう。今、「何でもない」なんて言ったら、本気で殺されるかもしれない…。

「あの……とりあえず、あがる?」

私は、無理やり引きつった笑顔を顔に張り付けると、まだ眉間に深いシワを寄せている一ノ瀬を、部屋の中へと促した。

◇◇◇

「はぁ?なんでもない?なんだよ、人騒がせな」

がくりと彼が項垂れたことで、ローテーブルにあったマグカップが、大きく波打ち、受け皿に黒い染みを作る。

「ごめん」

しおらしく頭を下げる私を、あぐらをかき、ふてぶてしい態度の一ノ瀬が、正面からじろりと睨みつける。

そうかと思えば一ノ瀬は小さくため息を吐き、自分の首に締め付けられていたネクタイを、乱暴に引き抜いた。

「じゃあなんだよ、あの切羽詰まった発言は」
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