危険すぎる恋に、落ちてしまいました。2【完結】

6.黒薔薇の切り札

カタン、と乾いた音が倉庫に反響した。

怜は、口元から血を垂らしたまま、不気味な笑みを浮かべていた。

「……椿くん。気づいてないと思うけど――
さっきの僕の蹴りで、君のあばら、折れてるはずだよ?呼吸するのもやっとなんじゃない?」

美羽はその言葉に、心臓が鷲づかみにされるような痛みを覚えた。

「椿くん!!」
涙が滲むほどの声で叫ぶ。

椿は息を荒げながらも、睨み返す。

「……うるせぇ。そんなもん……どうだっていい。」

怜はゆらりと立ち上がり、挑発するように肩をすくめた。

「無理は良くないよ?
どうあがいても僕の勝ち。……まだ分からない?」

椿は歯を食いしばり、声を震わせて怒鳴った。

「……黙れって言ってんだろうが!!」

拳を振りかざす椿。
怜は軽やかに避け、蹴りを入れる。
椿も反射的にかわして、再びパンチを繰り出す。

コンクリートに拳が当たり火花が散るような音が響いた。

その度に、美羽の心臓は潰れそうに縮む。

(椿くん……!!)

はらはらと胸が泣いていた。

しかも――
少しずつ、確実に、椿が押され始めている。

美羽は自分の胸をぎゅっと掴みながら思った。

(……なんで、どうして……こんな……
私がいるから……?
私が椿くんを好きになったから……?
皆が大切になったから……?)

視線を向ければ、玲央、悠真、碧、遼――
みんな倒れたまま、微動だにしない。

(このままじゃ……椿くんが……
椿くんが死んじゃうかもしれない……!!)

鳩尾を殴られた痛みが残るお腹を押さえながら、
美羽はゆっくりと立ち上がる。

――そのとき。

椿が怜を睨みつけ、吠えるように叫んだ。

「……美羽は!!
俺の女だ!!
お前には、絶対に渡さねぇ!!!」

その声は、怒りというより、悲鳴だった。

怜も負けじと蹴りを放つ。

二人の拳と足が、空気を裂きあう。

美羽は、耐えきれず声を張り上げた。

「――もうやめてっ!!!」

次の瞬間、
美羽は、ほとんど無意識に二人の間へ飛び込んでいた。

怜の拳が、美羽の頭へ直撃した。

「――っ」

視界が一瞬で白く弾け、
身体がふっと宙を浮く。

椿と怜が同時に目を見開いた。

美羽の身体が倒れゆく――。

怜が咄嗟に美羽を抱きとめた。

椿は悲鳴のような声をあげる。

「てめぇ!!
美羽から離れろォォ!!」

殴りかかろうとする椿。
だが怜は冷酷に蹴りを繰り出した。

その蹴りは、
折れた椿のあばらの上を――正確に貫いた。

「……ぐっ……!!……はっ……!」

椿は血を吐き、コンクリートに崩れ落ちる。

怜は美羽を抱いたまま、くつくつと笑った。

「はは……僕の勝ちだね。
美羽さんは――僕がもらう。」

美羽は意識を失い、怜の腕の中で静かに眠っている。

椿は、這いずって叫ぶ。

「美羽!!
美羽!!起きろ!!
目を開けてくれ……美羽ぇえ!!」

その叫びも、彼女には届かない。

怜は美羽の頬に自分の頬を擦り寄せ――
酔ったように囁いた。

「あぁ、可哀想な僕の天使さん。
ごめんね、痛かったよね?
でももう大丈夫……僕が、全部もらうから。」

倉庫の中央のソファーへ美羽を抱え、
まるで宝物のようにそっと寝かせると――
怜はゆっくりと馬乗りになった。

椿の顔色が蒼白に変わる。

「やめろ……!
神楽――やめろォォォ!!」

しかし、椿は立ち上がろうとすると激痛に崩れ落ちる。

怜は美羽の頬に優しく手を添え、
撫でる。

「目を覚まして……美羽さん。
ほら、お姫様はね……
王子様のキスで、目を覚ますんだよ?」

椿の絶叫が倉庫に響いた。

「やめろ!!
やめろぉぉ!!
神楽……やめてくれ……!!」

怜の顔が、眠る美羽の唇へゆっくり近づく。




その頃――
美羽の意識は暗闇を漂っていた。

(……誰か……声が……聞こえる……
これ……椿くん……?)

(あれ……私、倒れたんだっけ……?
起きなきゃ……起きなきゃダメなのに……
身体が……動かない……!)

怜の顔が近づいてくる感覚だけが伝わる。

(……やだ……!
やだ!!!!
椿くん……!!)





その時。

――ドガァァァンッ!!!!!!

耳をつんざく轟音。

美羽の身体に圧し掛かっていた重みが、
突然消えた。

美羽は薄く目を開ける。

「……え……?」

怜の姿が、そこにはない。

代わりに――
自分を見下ろして立つ、一人の青年。

右目のまぶたに縦に走る傷。
異なる色の左右の瞳――オッドアイ。
美しく整った顔立ち。

まるで夜の海と朝の光を同時に抱えたような青年が、
静かに微笑んだ。


「Hi? Mihane.
……危機一髪、だったね?」

美羽の目に涙が滲む。

震える声で、その名を呼んだ。

「……秋……人……くん……?」

倉庫の空気が、一瞬で変わった。

それは黒薔薇の切り札となりうる――
莉子の兄、"高城 秋人"が帰ってきた。



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