部長と私の秘め事
「えっ?」

 びっくりして少し身を退くと、彼はニコニコ楽しそうに笑って宣言した。

「目を閉じたらキスするよ」

「そんな横暴な!」

 この人、思ってた以上にスパルタだ!

「俺の事は?」

「はい?」

「俺は恵ちゃんが好きだけど、君は俺をどう思ってる?」

 言葉を欲しがられ、私はこれ以上なく赤面する。

「そ……っ、その……っ」

「頑張って。ちゃんと言えたらキスしてあげる」

「どっ、どう転んでもキスじゃないですか!」

「嬉しくない?」

「うっ、うれし……っ、……………………くっ、くぅうっ…………」

 どう答えたものか悩んでプルプル震えていると、涼さんは「あはは!」と笑って私を解放した。

「困ってる姿も可愛いね。……参ったな、俺、女の子を困らせて喜ぶタイプじゃないんだけど」

 涼さんは照れくさそうに笑い、その表情を見てキュンとしてしまう。

 どんな内容であれ、彼に初めての感覚を味わわせられたのが、自分だという事が嬉しい。

 彼は私を見つめて甘やかに笑ったあと、優しく抱き締めてきた。

 大きな体に包み込まれた私は、涼さんの胸板に顔を押しつけてジワリと赤面する。

「……可愛いな。……ねぇ、恵ちゃん。このままうちに住まない?」

「えっ?」

 私は驚いて顔を上げ、困惑した表情で涼さんを見つめる。

 すぐに「冗談だよ」と言うと思っていたのに、彼は私の意見を窺うように見つめ返してくるだけだ。

「……冗談ですよね?」

 半笑いで言ったけれど、涼さんはうっすら微笑んだまま何も言わない。

「……その……、まだ会ったばかりですよ?」

 返事をしながらも、「自意識過剰と思われていたらどうしよう」と不安になる。

「俺の経験からだけど、何年もの付き合いでも腹の底が分からない人はいた。でも、本当に気が合う人って、少し話しただけで相手の事が大体分かる気がするんだ。勿論、恵ちゃんとは会って数日だし、これですべてを分かったつもりにはなっていない。でも俺の勘が君なら大丈夫だと訴えてる」

 涼さんがとても真剣に言ってくれているのは分かるけれど、私はいまだ彼ほど素敵な人が自分を好きになってくれていると信じ切れていない。

 迷って黙り込んでいると、涼さんは私の両手を掴み、顔を覗き込んできた。

「恵ちゃん。『付き合おう』って言葉にOKをくれたよね?」

「……はい」

 少し決まり悪く頷くと、涼さんは優しい目で私を見つめ、髪を撫でてくる。

「男性不信を貫いてきた君の気持ちは察するし、俺を信頼しきれていないのも分かる。『俺は裏切らないよ』って言うしかできないのはもどかしいけど、この気持ちは理解してくれているよね?」

「はい。……全部、自分の気持ちの問題なので、涼さんは何も悪くありません」

 申し訳なさを抱きながら答えると、彼は私の額にキスをして言った。

「恋人になって同棲してくれたら、俺は君がどんな傷を負っていても、根気強く付き合えるよ。……でも離れて暮らしていたら、なかなか他人感が抜けないだろう? すぐ同棲って言ったら周りの人に呆れられるかもしれないけど、俺たちの最適解を見つけられないかな」

 その言葉を聞き、涼さんは一般常識や世間の人の声よりも、私たち二人の関係を重視していると理解した。

「すぐに同棲が難しいなら、週末のお泊まりから始めて、少しずつ日数を増やしてみるのは? そのうち一週間とか、隔週とかにしたら、一緒に暮らすのに抵抗がなくなっていくかもしれない」

 彼の言葉を聞き、つくづく「ポジティブだな」と感じた。

「……最初のハードルを低くしてくれるなら」

「約束するよ。初心者に優しい三日月涼を自称してるから」

「なんですか、それ」

 プフッと噴き出したあと、私は彼をチロリと見る。

「でも初対面の人にはわざと変人ぶってるんでしょ?」

「まぁね」

 涼さんはニヤッと笑ってから、私の両手を握って「小さいな」と呟いてから続きを言う。

「うちに住むメリットは、まず尊の所と近いから朱里ちゃんとも頻繁に会えると思うよ。都内の色んな所にもアクセスしやすいし、色んな施設が揃っているからマンションから出なくても大丈夫だ。家事については家政婦さんに掃除と食事を頼んでいるから、『やらなきゃ』って思う必要もない」

 彼は指折りメリットを言い、苦笑いしつつ最後に付け加える。
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