部長と私の秘め事
(あれ、恵からメッセージが入ってる)

 二十一時頃、お風呂から上がってストレッチをしていると、親友から連絡が入っているのに気づいた。

 尊さんは書斎でパソコンと睨めっこしていて、それぞれ自由時間を過ごしている。

【ちょっと渡したい物があるから、表まで出てきてくれない? こっちまで来たついでに渡そうと思って】

「……なんだろ」

 明日も平日で会社はあるけれど、私は秘書になってしまったから、以前ほど恵と顔を合わせられていない。

 外出予定のない時に社食でなら会えるけど、違うフロアでの勤務となると、同じビル内でもなかなか会えないものだ。

 加えて恵の家から三田まで結構距離があるのは分かっているので、「せっかく来てくれたなら……」と思って応じる事にした。

【コンシェルジュさんに言って、ロビーで待っててくれる?】

【ううん、すぐ帰るつもりだから外まで来てくれないかな】

 そのあと、ポンと【お願いします】とキャラクターのスタンプが送られてきた。

 この時、少しだけ「いつもと違って頑なだな」と違和感は抱いた。

 でもメッセージは間違いなく恵からだったし、メッセージの書き方もスタンプのチョイスもいつもの恵だったので、疑う必要はなかった。

「尊さん、外に恵が来てるみたいなので、ちょっと行ってきます」

 書斎にいる彼に声を掛けると、黒縁眼鏡を掛けた彼は「おう」と返事をする。

「立ち話が長引くようなら、敷地内に入っておけよ」

「そうします」

 私はウォレットポシェットにスマホを入れ、ルームパンツをデニムに穿き替え、Tシャツの上に薄手のパーカーを羽織る。

(ついでに敷地内のコンビニでアイスでも買おうかな)

 考えながら私はスリッポンスニーカーを履いて家を出た。

 エレベーターに乗って一階まで下りたあと、傘を差して敷地内の中庭を突っ切って正面の建物に入り、そこも通り抜けてファサードをくぐる。

(えーと……)

 通りに出て左右を見回しても、恵らしき人陰はない。

【外に出たけど、どこにいる?】

 メッセージを打つと、すぐに返事がきた。

【ごめん! トイレ我慢できなくて芝のほうのコンビニに来てる】

【OK! そっち向かうね】

 私は返事をしてから左手に向かって歩き始め、「今日の恵はなんだか変だな」と考え始める。

 待ち合わせしていてもトイレに行きたくなるのは仕方がないけど、恵なら先に済ませてから相手を待たせないようにする。

 A地点に呼んでおきながら、自分都合でB地点に向かわせる事はしない人だ。

(変なの)

 そう思ってテクテク歩いて近くの高校前まで差し掛かった時、後方から車が来たかと思うと、グイッと手を引っ張られた。

「えっ」

 とっさに足に力を入れて抵抗しようとしたけれど、――――目の前にブランッとてるてる坊主がぶら下げられた。

「…………っ」

 ――雨の日。

 ――窓際で首に縄をつけてぶら下がっていたのは…………。

 一瞬にして頭の中が真っ白になり、叫ぶ寸前のようにクシャリと表情を歪めて口を開けた時――。

「あっ」

 私は混乱したまま、車の中に引きずり込まれた。

 ――待って。

 ――尊さんに言わないと。お父さんが。雨が降ってて。体が揺れてて。苦しい。酷い雨の日だった。顔に雨の飛沫がかかって。

 ――そうじゃない。今は、違う。今は……っ!

 車の中にいる男たちはウォレットポシェットを取り上げ、私を無防備にしたつもりでいるようだった。

 私はギュッと身を守るように両手を胸の前に寄せ、パーカーの袖に隠れていたスマートウォッチに小声で話しかけた。

「フェリシア、尊さんに電話」

 すると緑色のランプがつき、スマートウォッチから電話をかける事に成功した。

 ――お願い! 尊さん! 気づいて!
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