部長と私の秘め事
「それでよしとしましょう。私たちだって『お金目当てで近づいた』なんて思われたくない。でも、人生って何が起こるか分からないわ。運命の相手と思って恋をしたイケメン御曹司に捨てられたら、きっと恵はボロボロになって次の相手を探すどころか、男性嫌悪を増すでしょう。そうなったら恵の結婚適齢期の貴重な時期が台無しになり、人生設計が大きく狂うわ。……嫌な言い方をするけれど、社会的地位と財産のあるイケメン男性なら、幾つになっても結婚したいと望む女性が現れる。……でも一般女性の結婚市場価値は、限定されているの。年齢で左右されるなんて嫌な話だけど、実際、一般的にはそうなのよ」

 佳苗さんは事実を言っているし、それには私も同意だ。

「だから、その契約はしっかり交わさせてもらいます。その上で、お互いを結婚する相手として相応しいか、しっかり見極める時期を設けてほしいの。大前提として、恵と涼さんはランドでのグループデートに付き合って、偶然出会って惹かれた。……そしてお互いを運命の相手だと思って結婚したいと思っている。……私としては、今は付き合いたてで周りが見えていない時期だという事も加味して、一年はじっくり同棲して付き合ってほしいと思っています」

「はい」

 佳苗さんの冷静な言葉を、涼さんは真剣に聞く。

「……嫌な言い方をしてごめんなさいね。涼さんは物事を冷静に見られる人だと思うし、とても有能な方だと思っています。……けど、お互いが運命の相手だと思う時こそ、時間をかけてゆっくり育んでいったほうがいいと思うの。盲目的になるのは三か月。そのあとは同棲していくうちに、お互いの欠点が見えてくるかもしれない。それも含めてまるっと愛し合えるなら、結婚すればいいと思うわ」

 佳苗さんの言う言葉は至極もっともだ。

 私もどちらかというと、尊さんに囲われてあっという間に同棲し、結婚しようとしているけれど、デメリットも考えて冷静になれていたか……と聞かれると、少し自信がない。

 結局、尊さんの事はこの上ない運命の相手だと思っているし、彼と結婚する事に不安はない。

 でも一般的に考えたら、出会って初回でお持ち帰りし、結婚を見据えて交際、同棲……と言われたら、親御さんとしては心配だろう。

 佳苗さんの言う通り、いくら涼さんが有能な人でも、尊さんが言っている通り〝珍しく女性に嵌まっている〟状態なのは違いないからだ。

 彼が恵を裏切るなんてないと思いたいけど、万が一の保険は作っておいたほうがいい。

 涼さんは少し自嘲の籠もった笑みを浮かべ、溜め息をつく。

「……仰る通りです。自分でも、恵さんを手放したくないあまり、焦っていると思います。佳苗さんの仰る通り、今後はまずは一年じっくり同棲して、お互いの価値観の擦り合わせや、家族に会ってもらって受け入れてもらう事を重視していきたいと思います」

「ん、そうして。恵は男性とのお付き合いに関しては初心者マークだから、くれぐれもお手柔らかにお願いします」

「おっ、お母さん!」

 恵が焦ると、皆がクスクス笑う。

「涼さん、今度我が家にもいらしてください。夫や息子たちにも紹介したいです。家は三鷹にあるんですが、恵は井の頭公園を駆け回ってのびのび育ちました。とてもいい所ですし、涼さんにも見てもらいたいです。……あー、あと、一緒にキャンプとかどうですか? 我が家はアウトドア一家なんですが、キャンプをしていると色んな能力が分かると言われていますし」

 佳苗さん、友好的にお誘いをしつつも涼さんを見極めようとしている……。

「ぜひ宜しくお願いいたします。皆さんとキャンプができる日を、楽しみにしています」

 その時、尊さんがボソッと言った。

「中村さん、三鷹だったんだ」

 それに私は頷く。

「私、もともと上石神井(かみしゃくじい)に住んでたんですよ。だから通っていた学校も変わらなかったんです。今の父の家が吉祥寺だったのは本当に幸運な事でした」

 そう言うと、尊さんは少し切なげに笑った。

「朱里について、まだ知らない事が沢山あるな。俺たちも今度、その辺をプラプラ歩いてみるか」

「ですね」

 私は懐かしい実家付近の風景を思い出し、脳内に雨音が蘇ったのを感じて小さく首を横に振る。

(今は楽しい時間なんだから、集中しないと)

 その気持ちの変化を察してか、テーブルの下で尊さんがトン……とつま先に足をぶつけてきた。

「ん?」と思って顔を上げると、彼は揺れた私の気持ちを悟ったのか「心配するな」という表情で優しく微笑んでいる。

 そのあとも少したわいのない話をしたあと、私たちはレストランを出てそれぞれの家に帰る事にした。

 佳苗さんはそのまま帰り、私たち四人は涼さんのマンションまで行き、私と尊さんは荷物をとってから車で三田のマンションに戻る。

「じゃあ、恵。またね」

「うん、おやすみ」

 私たちは玄関で手を振り合い、微妙な表情で見つめ合う。

「大丈夫だよ。とって食いやしないから」

 尊さんが私の背中をトンと叩き、冗談めかして言う。

「じゃあ……、また社食で」

「ん、連絡する」

 私は恵とそう挨拶し合い、今度こそ涼さんに「お世話になりました」と頭を下げて彼の家を出た。
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