部長と私の秘め事

推してこそ

 営業部みたいに華があるわけじゃないし、法務部のように専門知識が必要なわけでもない。商品開発部のようにやり甲斐があるわけでもない。

 でも、私は意外とこの仕事が好きだ。

 入社して一年目で、まだ業務内容に慣れているわけじゃないけど、先輩に教えてもらいつつ、食らいつくように頑張っている。

 ――のだけれど、どの世界にも困った人はいるもので、五十代のお局、斎木(さいき)さんと、それに取り入って好き放題している橘さん、南郷さんの行動は目に余る。

 お局は色んな事に口を出してきて、まあうるさい。

 頼んでもいないのに人の仕事を覗いてきてはチクッといやみを言い、そのくせ自分の立場を守るためか、仕事を回してくれない。

 仕事できますよアピールをしたいんだろうけど、皆でやったほうが効率のいい事も一人でやろうとするので、本当に頭が悪い。

 私は一応学歴が高く、某K大学卒業と言ったら、大抵の人は「凄い」と言ってくれる。 その私が言おう。

 お局、あなたは害悪だ。

 けど、新入社員なのに出しゃばるのも良くないのかな……と思いながら仕事をし、我ながら有能なものだからサクサクと業務を片づけてしまう。

 分からない所があったら友好的な先輩に教えてもらい、その人達とはうまくやれている。

 毎年篠宮ホールディングスでは七十名ほどの新卒を採用するけれど、その男女比は三対一だ。

 だから同性の先輩は希少だし、けど、異性の先輩ともうまくやれている。

〝女〟を武器にするわけじゃないけど、ある程度可愛く素直に、少し下手に出てやれば、大体の男性社員は優しく教えてくれる。

 望むもののために、臨機応変に対応を変えるのも、必要なスキルの一つと思っている。

 男性社員も学歴が高く、篠宮ホールディングスというブランド企業に勤められているのを誇りに思っている人が多いから、中にはプライドの高い人もいるのだ。

 能ある鷹は爪を隠したほうが、長期的に見てうまくやっていけるかもしれない。

 二十五歳頃までは周囲を窺いながら仕事を進め、後輩もできてある程度仕事を掴んだあとは、遠慮なくバリバリやっていく所存だ。

 ……けど、お局は仕事を回してくれないし、先述の二名に至っては一応仕事をするものの、二人でコソコソ話していて感じが悪い。

 この会社に入った以上、彼女たちもかなり有能な人なのは分かるけど、高学歴だからといって必ず性格がいい保証はない。

 何を話しているのか耳を澄ませてみれば、「副社長の篠宮風磨さんが格好いい、なのに秘書の丸木エミリさんが邪魔だ、あのブス」みたいな話だったり、「商品開発部の速水部長がセクシーで堪らない、あの部署に行きたい、なのにあそこはブスばっかり」とかだ。

 顔で仕事の有能さが分かるなら、ぜひあなた達も整形して出直してほしい。

(くだらない……)

 そう思いつつ、この会社でトップクラスに評価している社食でランチをとっていた時、私は蹴躓いて食べ終わったあとのうどんの汁を盛大にぶちまけてしまった。

(やらかしたー!)

 恥ずかしいのと、服を濡らしてしまったのもあり、一気にテンションが下がる。

 と、声を掛けてくれた人がいた。

『大丈夫?』

 顔を上げると、信じられない美人が私を見て、ポケットからタオルハンカチを出すと『使って』と渡してきた。

 もう一人の前下がりボブの女性もすぐに行動し、どこからか雑巾をもらってきたようだった。

『すみません、めっちゃすみません……』

 恥ずかしさと女神の登場とに、私はテンパって謝るしかできない。

 けど、その女神はニッコリ笑って言った。

『困った時はお互い様! これ、天ぷらうどん? 美味しいよね!』

 はぁあ! 美人な上に気さく! 女神!

 心の中で一気に限界オタクになった私は、彼女を推そうと心に決めたのだった。

 その時、彼女たちは名乗らずに去ってしまったけれど、私はこっそりと人に話を聞き、彼女が商品開発部の上村朱里さん、その親友の中村恵さんだと突き止め、陰ながら推し始めた。





 推しのいる生活は非常にいいものだった。

 高校までの友達はアイドルに夢中だけれど、私はあまりポップスは聴かず、クラシック、伝統音楽、民族音楽などに注目していた。

 興味のある映画は見るけれど、特に推している俳優もいない。

『顔がいいな』と思う人はいるものの、演者としての魅力の一つでしかないと思っている。

 顔がいいだけなら大勢いるけれど、その全員が引き込まれるような演技をできるわけじゃない。

 だから私は顔の美醜は添え物程度と捉え、いかに違和感なく映画に没頭できるかに重きを置いていた。
< 471 / 541 >

この作品をシェア

pagetop