部長と私の秘め事
「俺は知っての通りの身分だから、小さい頃からとにかく周りに大事にされ続けてきたんだよ。子供の頃はそれなりに仲違いとか、喧嘩みたいな感じにもなったけど、殴り合いの喧嘩はしなかったし、大きく逸脱して〝悪い事〟もしなかったから、周囲から注意される側にはならなかった。親からも『将来人の上に立つんだから、どんなに腹が立っても人を煽ってはいけない。悪口も陰口も、他人に聞かせてはいけない。何かあったら自分たちが聞くから、とにかく外では模範的な人でありなさい』って言われ続けてきた」

「……それって、息苦しくないですか?」

 思わず、私はポツリと尋ねてしまう。

「……まぁね。子供の頃から、聞き分けが良くて何でもできた訳じゃなかった。反抗期はなかったけど、たまに爆発しそうになったら、自転車に乗って遠くに行く癖があって、目付役になってた父の秘書を泣かせたな」

 彼は懐かしそうに言うけれど、私はその秘書さんが気の毒でならない。

「でも親が言ったように、いつも穏やかに過ごしていたら、人と衝突しなくなった。勿論、僻む人はいたけど、悩んでネットを調べたり、親に相談したら『どの年代、どんな職業、どんな立場であっても、人から嫉妬心を切り離す事はできない』と言われたから、『そういうものだ』って言い聞かせるようになったかな」

 涼さんでも嫉妬される事を気にしていた時期があったのは、ちょっと意外だ。

「祖父や父は経営者なのもあり、金言を沢山教えてくれた。子供の頃は何を言っているのか理解しなかったけど、成長するにつれて『こういう事だったのか』と実感するようになった。親の教えの通りに……って言ったら、癪だと思う気持ちがあるのは確かだけど、俺より人生の酸いも甘いも噛み分けた大人が、自分も似たような体験をして後悔したから、同じ轍を踏まないように忠告してくれてるんだよね。……『親の事を素直にハイハイ聞き入れる奴はファザコン、マザコン』と馬鹿にしていた節はあったけど、理解したあとは『うまく利用していこう』って気持ちを切り替えられたかな」

 彼の話を聞き、私は小さく息を吐く。

「……私、いまだに親に反抗している所があるので、涼さんの話を聞いていると自分が子供っぽく思えます」

 すると、涼さんはクスッと笑う。

「誰だって親の前では子供になる。そして親って生き物は口うるさいものだ。説教されて嬉しいと思う子供はいないだろうし、色々言われて『面倒臭い』と思うのは自然な事だと思うよ」

 それに私はコクンと頷いた。

「ただ、俺は特殊な家に生まれたから、馬鹿な事をすれば家庭だけじゃなく、会社が関わったり、少しでも心配をかけたら警察沙汰にもなる。連絡なしに二日外泊しただけで、警察が俺を探していた事もあったよ……」

 遠い目になった涼さんを見て、私は「あぁ……」とうめく。

「そういう失敗を重ねて、今に至る。……まぁ、一般家庭の生まれだったら、怒られてもなお反抗したかもしれないけど、警察まで出てきたら早々に降参するしかなかったかな。……祖父が警察のトップと親友だった関係もあって、父も俺も色々お世話になってるからね……」

 また涼さんは遠い目になり、私を見て「しー」と唇の前に人差し指を立てる。

「あ、『お世話になった』って、悪い事をもみ消したとかはないから安心して」

「よ、良かったです」

「そういう感じで、俺は精神的に成熟するのが同年代の子より早かったかな。感情のままに行動したり、瞬間的な言葉がどんな結末を生むか分かったし、面倒な事は避けて生きるようになった。周囲から嫌われても、俺に利用価値があると思う人は離れないだろうし、純粋に好意を持ってくれている人も離れない。……なら、こちらから関わりたくない人から離れて嫌われたなら、それは別れるべくして別れたと割り切れたし、どんどん付き合う人を選ぶようになっていった」

 そこで彼は私の頭を撫で、サラリと毛先を弄ぶ。

「友人は落ち着いた性格の人ばかりで、嫌な事を言う人はいない。〝三日月涼〟と関わりを持ちたいと望む人は、元々はそうでなくても、俺が望む友達像になろうと努力してくれた。結果的にその人のレベルアップにも繋がったし、そうやって変わる事のできる人がいると知れた俺も嬉しかったし、Win-Winだ。……そんな中で、恵ちゃんはまた変わったタイプの子だった」

 話が私に戻り、少し緊張した私は不安げに彼を見つめる。

「媚びないし、とても自然体で自由。悪く言えば俗っぽくて普通なのに、どこか一本通った芯があって、見ていて惹きつけられる。……それに、俺を嫌がる女の子って本当に珍しくてね。……恵ちゃんの塩対応は、俺にとってご褒美みたいなものだし、君まで俺の周りにいる女性みたいに、顔色を窺ってほしくないんだ」

 涼さんは甘やかな目で私を見つめ、もう一度やわらかなキスをする。

「……室内飼いの猫みたいな感じかな。俺の腕の中でなら、どれだけ暴れてもいい。引っ掻いてもいいし、その辺の物をひっくり返して『あーあ』って片づけさせてもいい。気の向いた時だけ撫でさせてくれて、あとは手の届かない高い場所で毛繕いしていてもいい。……でも、外に出て他の男に撫でられたら駄目だよ?」

 目の奥に微かな嫉妬を交えて囁かれ、私はゾクッとする。

「最初の話に戻るけど、こんなに可愛くて綺麗なんだから、絶対に他の男にも見られてる。……それを想像しただけで、切り落としたくなるんだけどね……」

 ふ……と、遠くを見て呟いた涼さんが……、…………怖い…………。

 彼は私に視線を戻すと、息を吐いて笑った。
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