部長と私の秘め事

焼き肉屋にて

「春日さんみたいに重役になったら、こういうやっかみとは別の世界が広がってるでしょうね。だから彼女がジムでファイターになるのが分かるわ……。一回付き合いで彼女とジムに行ったけど、まぁ凄い。燃える闘魂春日だったわ……。サンドバッグを蹴る脚が鞭みたいにしなってね、すっごい音が立つのよ。それで腹筋が凄い。スタイルいいと思ってたけど、細身で引き締まってて、女戦士みたいな体つきなのよね」

「女戦士……」

 私はブランド服に身を包んだ華やかな春日さんしか知らないので、その単語が似合う彼女を想像できず、うーん……と悩む。

「……色々、溜まってるんでしょうね……」

「ねぇ……」

 私とエミリさんが生ぬるく笑い合ったあと、風磨さんが咳払いをした。

「上村さん、すまなかったね。今後、同じような事がないように、各部署、目を光らせるように言っておく」

「お気遣いありがとうございます。どうぞ宜しくお願いいたします」

 私は社長としての風磨さんに頭を下げる。

 尊さんはチラッと腕時計を見ると、「そろそろ行くか」と私に言った。
 お店の予約は十九時らしく、今は十八時半近くだ。

 ギリギリで滑り込むのは良くないし、余裕を持って焼き肉に挑まなければ。

「それじゃあ、お疲れ様」

 尊さんは風磨さんとエミリさんに挨拶し、ドアに向かって歩く。

「お疲れ様でした。ありがとうございます」

 私は二人にペコッとお辞儀をし、彼のあとをついていった。





 帰り支度をして地下駐車場まで行くと、恵が壁にもたれ掛かってスマホを弄っていた。

「おっす、お疲れさん」

「疲れたよ~。恵~」

 私は両手を広げてテテテ……と恵に駆け寄ると、彼女に抱きつく。

「よしよし、大体何が起こったかは想像できるよ。話の通じない人を相手にしてると疲れるもんね。よし! そのモヤモヤはすべて焼き肉にぶつけろ! 特別に私が焼いてやる!」

「じゅぎ……!」

「はいはい、お二人さん車に乗ってくれ」

 尊さんは通勤用のレクサスLSのロックを開け、私は恵と一緒に後部座席に乗る。

「そういえば恵って、学生時代から尊さんと知り合いで、私より先に尊さんの車に乗ったりしてた?」

 不意に思いついた事を口にすると、彼女は気まずそうな顔になる。

「……ご、ごめん……」

「いやいや、全然いいの。恵なら問題なし。当時どんな車に乗ってたのかな~? って思って」

 そう言うと、恵はバックミラーに映る尊さんをチラッと見てから言った。

「なんか……、凄い車だった。いかにも金持ちが乗りそうな……」

「……やめてくれ。色々やけくそになってて、怜香が嫌がりそうな目立つ車を買った頃だった」

 私はそれを聞き、ニヤニヤする。

「車高の低いスポーツカー系ですか?」

「これ以上は守秘義務だ」

「分かりました。デコトラですね。トラック野郎ですね」

 私がふざけると、エンジンを掛けた尊さんはハンドルに突っ伏すように笑った。

「それでいいよ」

「リーゼントでパラリラしてても好きですからね」

「嬉しいけど、どんどん路線変えるのやめろよ」

 尊さんは笑いながら車を発進させ、自社ビルから出たあと、昭和通りを走って行く。

 やがて松屋通り添いで私たちを下ろしたあと、近くにある駐車場に車を停めに行った。

 ビルの前には、フロアごとに何のお店が入っているか分かる看板がある。

 私たちは何とはなしにそれを眺めながら、「銀座で焼き肉って豪華だよね~」と話し合っていた。

 そのうち尊さんが歩いてきて、私たちはビルの地下一階にある焼き肉屋さんに入る。

 お店の入り口は引き戸の八割ほどを隠す長い暖簾で隠されていて、隠れ家感、高級感に溢れている。

「いらっしゃいませ」

 店員さんに挨拶された私たちは、落ち着いた色合いと間接照明で整えられた、シックな店内を歩いて行く。

 ――と、前方に私たちと似た時間で来店したらしい客がいて、その中にいた高身長イケメンがこちらを見て「あ」と声を漏らした。

「ンンンンンンンン……!」

〝彼〟を見た瞬間、恵は妙な声を上げてクルリと回れ右をすると、抜き足差し足……で去ろうとする。

「けーいちゃーん……。どこ行くの……?」

 彼女の両肩にポンと手を置いたのは、ニコニコ顔の涼さんだ。

 うん、もはやその笑顔が怖い。
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