部長と私の秘め事
「普通に働いてましたよ」

「あれ? でも変な時間に社外に出てなかった?」

「それは郵便局に……、…………って、なんで知ってるんですか!」

 恵が目を見開いて指を突きつけると、涼さんは笑顔のまましれっと言う。

「大事な猫が迷子にならないように、GPSを。ほら、こないだキーホルダーあげたでしょ」

 それを聞いた恵は、ムンクの叫びみたいな顔になっている。

「な……っ、なっ……」

 彼女は目を見開いてプルプルし、何かを言いたがっているけれど、涼さんはさらに続ける。

「先日、朱里ちゃんが誘拐されて、恵ちゃんも襲われたあと、不測の事態に備えて……って合意したでしょ」

「ああ……」

 心当たりがあったのか、恵はスンッと真顔になる。

「恵、大丈夫だよ。私も尊さんと位置情報アプリを共有してるから」

「アカリタス、お前もか」

 恵は真顔で私に突っ込みを入れたあと、「はー……」と溜め息をついて髪を掻き上げる。

「……確かに、あんな事があったら心配になりますよね。私も朱里にGPS持たせたいぐらいだもん」

「中村さんが朱里のGPSを確認するのか」

 尊さんがボソッと突っ込む。

「恵ちゃんはGPS、抵抗ある?」

 涼さんに尋ねられ、恵は腕組みをして考える。

「知らない間に行動を見られてるって思うと、ちょっとソワソワしますが、災害時とかを考えると普通にそうしている人もいるでしょうし、三日月グループの御曹司の……こ、恋人になったなら、いつ誘拐されるか分からないですしね。受け入れますよ」

「良かったー……」

 涼さんは心から安心して胸を撫で下ろす。

「涼、俺が使ってる『YOU』ってアプリ知ってる?」

「あー、検討はしてた。いい?」

「課金したら結構使い勝手がいい」

 猫のオーナーたちは、GPSアプリの話で盛り上がり始める。

「朱里は自然に受け入れてる感じ?」

 恵に尋ねられ、私は「うん」と頷く。

「尊さんは苦労性の人だから、これ以上余計な心配はかけたくないの。位置情報を共有するぐらいで彼が安心するなら、全然いいかな」

「そっか……。なら私もいいかな」

「仲間がいると安心するでしょ」

 クスッと笑うと、恵は「まーね」と笑う。

 そのあと飲み物が運ばれてきて、私たちは乾杯した。

 前菜は綺麗な正方形の木の箱に、小鉢が入った物だ。

 綺麗なサシの入ったローストビーフみたいなお肉にキャビアが添えられた物、山わさびがちょんとのった冷製フラン――洋風茶碗蒸し、無花果とクリームチーズを生ハムで包んだ物、牛タンの山椒煮。

 見ても美しいし、食べたらとろけるように美味しいしで、私は終始ニコニコだ。

「あー……、酒飲みてぇな。朱里が食ってる姿を見ると、酒が進みそうだ」

 向かいに座ってる尊さんがボソッと呟く。

「だから私の顔はおつまみですか」

「朱里は見てて面白いですよね。目を見開いたり、ニヤついたり……。美味しそうに食べてるのを見ると、こっちまで楽しくなります」

 恵が言うと、涼さんが尋ねる。

「恵ちゃんは食に対してどういうスタンスなの?」

「フツーに美味しい物は好きですけど、朱里ほど喜びを表さないと思います。……この子はつらい出来事があって食べられなくなった時期もありますから、余計に元気になった今は食べる喜びを噛み締めているんだと思います。……私も一応トラウマみたいなものはありますが、体を動かして発散するタイプだったので」

 確かに恵が痴漢に遭った中学生当時、彼女は休み時間は教室を抜け出していたけれど、放課後はバスケットボールに打ち込んでいた。

 当時、彼女はショートカットでボーイッシュだった事もあって、女子から異様にモテてたっけ。

「朱里ちゃん、恵ちゃんの好きな食べ物って何? あとで追加のお肉ご馳走してあげるから教えて」

 涼さんは真剣な表情で尋ねてくる。

「食べ物で釣って朱里から聞き出そうとするのやめてくださいよ」

 恵は渋面になる。

 私は少し考えたあと、親友を見てから答える。
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