部長と私の秘め事
 明るく笑った綾子さんは、もう他のハイスペ男に気を取られる心配はないように見えた。

 彼女は今まで虎視眈々と篠宮さんを狙ったり、見えないところで他のイケメンにも目を付けていたりしていたと思うけど、すべて不安が原因だったんだと思う。

 恋人はハイスペだけど、綾子さんの愛情を確かめる行動をしてばかりだった。

 そんな事をされたら「本当に愛されてるんだろうか?」「いつか捨てられるんじゃないだろうか?」って不安に思って当然だ。

 ハイスペの男性を狙う女性は多く、お金や社会的地位、見た目を抜きにして、本当の意味で自分を愛してくれる女性の見極め方は難しいんだろう。

 表面上ならどれだけでも、いい彼女の演技はできる。

 でもハイスペイケメンだって、結婚したあとに妻となった人の思いも寄らない一面を知って幻滅した……って事は少なくないように思える。

 以前に綾子さんから聞いたネットの話だけど、結婚相談所の人いわく、そういうハイスペイケメンは美女と結婚して失敗し、二度目の結婚は容姿にはそれほどこだわらず、大らかで家庭的な人を求める傾向にあるという。

 ハイスペイケメンで性格のいい人が少ないのと同じように、美女で性格のいい人も少ないのかもしれない。

 人は恵まれた容姿とか、財産や社会地位など、突出した武器を持つと、少し鼻についた言動をしがちだと思うから。

 そうならず、いつまでも謙虚でいられる人は貴重なんだと思う。

 だから涼さんも、今まで結婚したいと思える女性に出会えなかった。

 私が彼に相応しいかは、今でも分からないけれど。

 綾子さんの彼氏も似たような感じで、彼女と馬は合っているけれど、お金目当てじゃないかとか、疑心暗鬼になって本心を探り続けていたんだろう。

 綾子さんも彼氏の前で猫を被っていたみたいだけど、恋人と腹を割って話し合えるようになったなら、〝保険〟となる彼氏以外のハイスペイケメンは不要になったんだろう。

「幸せになってくださいね」

「中村さんもね」

 私たちが笑い合っていると、遅れて出社してきた池内さんと庄司さんが、「おはようございます」と歩み寄ってきた。

 彼女たちも例の一件があってから、ちょっと変化したように思える。

 綾子さんに依存し、彼女のためならなんでもする、というスタンスから少しずつ脱して、自分を好きになる努力をし、幸せになるためにはどうすればいいか模索しているようだ。

「えー、俺も話に入れてくださいよ」

 そこにヒョコッと神くんが現れ、女性陣は急に声をワントーン高くする。

「おはよー! じんじん!」

「今日もイケメーン!」

 …………うん。イケメンが好きなのは変わってないみたいだ。



**



 仕事を終えた私は、あまり気が進まないながらも涼さんに連絡をした。

 会社まで迎えに来られたら困るから、近くのコンビニとか、車で拾いやすい場所に移動しなきゃ。

 彼の会社は線路の向こうだから、丸の内方面に出たら大丈夫だろう。

 そう思って私は会社からテクテク歩き、東京駅を目指す。

 朱里は篠宮さんと行動して、それぞれホテルで落ち合う事になっているけれど、なんだか変な気分だ。

 初めてのグループデートはランドで、あの時に涼さんと出会った。

 二回目の今日は、ゴールデンウィークからさほど期間が空いていないのに、私はもう涼さんと同棲している。

(スピード同棲すぎる。……こんなんでいいのか……)

 私は日傘とハンディファンを使いながら歩き続ける。

 もともと、日傘は高原にいる美女が差すものというイメージがあったけれど、朱里にオススメされた日傘を買ったら、鬼のような直射日光を浴びずに済み、重宝している。

 朱里はフリフリのついた日傘を差しているけれど、私はシンプルなデザインを選んだ。

 加えて朱里とお揃いのハンディファンをガーッと回しながら歩き、東京駅構内に入って一息つく。

【東京駅に着きました。丸の内北口にいます】

 メッセージを送ったあと、私は壁に寄りかかって溜め息をついた。

(一年が早すぎる……。あと少しで八月だ)

 八月になったらお盆休みがあるけれど、うちの家族は涼さんとキャンプする気満々だ。

(涼さんは人当たりがいいから、変な事にはならないと思うけど、……バカ兄たちに茶化されたらやだな……)

 そんな事を考えていた時、「あのー……」と声を掛けられる。

 そちらを見ると、会社帰りらしい若いサラリーマンが立っていた。

 少し離れた所には、同僚らしい仲間が数人いて、なんか嫌な感じだ。

「何ですか?」

 表情を変えずに真顔で聞き返すと、サラリーマンは「あ……」と戸惑ってから取り繕うように笑う。
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