部長と私の秘め事
 シャワーを浴びてさっぱりしようと思ったのに、ぐったりだ。

 バスルームから出たあと、体を拭いて下着を穿こうと思ったら、涼さんが「ちょっと待ってね」と言って、私の体にデパコスの化粧水を塗りたくり始めた。

「な……っ、何やってるんですか!」

 朱里ほど詳しくないとはいえ、彼女に付き合って買い物に行っているし、たまにブラッと見学しに行く事があるので、大体の価格帯は分かっている。

 それを顔じゃなくて体にジャバジャバと使うので、目玉が飛び出るかと思った。

 セレブのやる事はいつも私の常識の斜め上をいき、毎度心臓が止まりそうになる。

「今夜美味しくいただくために、ツルスベにしておかないと」

「どこの料理店ですか」

「ボディクリームも塗っていくね~」

 ニコニコしながら香りのいいボディクリームを塗っていく彼は、大型犬タイプのはずなのに、今だけは大きな山猫に見える。

「夜に化け猫が出てくるなら、猟銃を用意しとかないと……。あっ、猟犬のほうが効くんだっけ?」

 私はもう諦めてされるがままになり、フェイスケアをしていく。

「……俺以外の犬を飼ったら恨むよ?」

 涼さんはボディクリームを塗る手で私の胸をムニ……と揉み、鏡越しに恨みがましく私を見る。

「……犬って自覚があったんですね」

 もうその手には引っ掛からないぞと思った私は、胸元にある手をペシッと叩き落とした。

「そうだよ。だから恵ちゃんが〝おいた〟をした時は……、…………ガブッ、だからね」

 涼さんは私の首筋に顔を寄せ、口を大きく開いて脅してくる。

「…………〝おいた〟なんてしませんよ」

 浮気すると思われているなら心外だ。私はそれほど器用じゃない。

「恵ちゃんにその気がなくても、犬も歩けば棒に当たるからね。あ、猫か」

 そう言って、涼さんは「これつけてね」と洗面台の上に下着を置いた。

 置かれたのは黒いレースの上下セットで、下着まで指定されると思っていなかった私はギョッとする。

「……今日、私の誕生日なんですよね?」

「そうだよ。似合いそうなのを見繕った。服とも合ってると思うし」

 ニコニコして言われた私は、このあとに服のプレゼントが待っている事を察して項垂れる。

「なんか、涼さんを喜ばせる日になってません?」

「気のせいだよ」

 サラッと否定されては、こちらも言い返す事ができなくなる。

「……とりあえず下着つけますから、向こう行ってくださいよ。いつまでも涼さんの前で裸でいるの、恥ずかしいんですから」

 ボディクリームを塗り終われた途端、私は体にバスタオルを巻いたけれど、それまでフルヌード見放題だったのは遺憾すぎる。

「分かったよ。恵ちゃんの部屋に服を用意しておくから、それを着てね」

「…………はい」

 渋々返事をすると、パンイチの涼さんは洗面所から出て行った。

(……この家広いから、パンイチで部屋を移動するだけで湯冷めしそう)

 私はそんな事を考えながら下着を穿き、ブラジャーを着ける。

 外商部のお姉様に教えてもらったけれど、上半身の肉を集めてカップに収めるには、まず体を横に倒して脇肉を収め、それを前に持ってきた上で、胃からも肉を集めるそうだ。

 教わった通りにやっていると、確かに今までの自己流の付け方ではできなかった、立派な谷間が自分でも作れるようになった。

(……それで、立派なブラのお陰でできた谷間を、ちょっと格好いいと思ってる自分がいるんだよな……。調子に乗りすぎてる)

 私はナルシスト的な感覚はゼロに等しいと思っていたのに、朱里にメイクを教えてもらった頃からちょっと自分を飾る事に興味を持ち、涼さんと付き合うようになって爆発したように思える。

 心の底にいる頑固親父が「色気づきやがって」と言っているのは分かるんだけど、なんだか嬉しくなってしまう自分もいて、自分の心境の変化についていけず疲れてしまう。

「はぁ……」

 溜め息をついてヘアオイルをつけた私は、ドライヤーで髪を乾かし始めた。

 幸いな事に私の髪は直毛なので、ヘアスタイルに苦労した事はほぼない。

 短めにしておけば梳かしただけでなんとかなるし、ヘアアイロンも数えるぐらいしか使った事がない。

 朱里は癖毛気味で、それを誤魔化すために毎日巻いたり、ストレートにしたりしているらしいので、お泊まりするたびに『恵の髪が羨ましい』と言われている。

(私から見れば、朱里の全部が羨ましいのにな)

 下着姿の私は、ドライヤーをかけながら親友を想う。
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