部長と私の秘め事
「……セレブとか祈姉妹とか、これよりずっとヒールの高い奴を履いてますよね。シンプルに尊敬します」

 涼さんは私の前に膝をつき、パンプスを履かせながら言う。

「祈姉妹はテレビで〝何も入らないバッグ〟を紹介してたでしょ。ああいうのと同じで、彼女たちにとって、ファッションは必ずしも実用的である必要はないんだ。レッドカーペットでエスコートされて、短い距離をショーのように歩くためだけの靴と思っていい。あとは大体、ドアトゥドアで移動するから、長時間歩ける靴じゃなくてもいいんだ。バッグだって、スマホやリップとかあれば、あとは何でも他人がやってくれる。……そういう世界で生きてる人たちだよ」

「わあ……」

 私は諦めや呆れ、色んな感情が混じった声で引き気味に言う。

「恵ちゃんに、そういう生き方に慣れろとは言わない。君は普段、篠宮ホールディングスで働いている。それに俺は、〝俺〟を見て目をハートにしない君だから好きになった。だから恵ちゃんはそのままでいい。……でもたまにの我が儘には付き合ってほしいんだ。いい?」

 両足がパンプスに収まったあと、私は涼さんに手を借りてゆっくり立ちあがる。

 六センチヒールだけど、長時間歩かないならいける感じだ。

「……分かりました。私も多分、今後なにか我が儘を言うかもしれないので、お互い様って事で」

 了承すると、涼さんは「あぁ~、キスしたい!」と悶えたあと、腕時計を見て「やばいやばい」と玄関のドアを開いた。

 そのあと私たちは駐車場まで行き、すでに控えていた運転手さんに挨拶をして後部座席に乗り、新宿を目指した。



**



 ホテル宿泊の際、一階にあるウェルカムラウンジで、ウェルカムドリンクをもらえる。

 宿泊中は何度でも使えるそうだ。

 私たち――上村朱里と尊さんは、ロビーと同じモノトーン調の廊下を歩いて黒いドアを開ける。

 すると、四十五階から四十六階を跨ぐメゾネット形式の『花』の部屋に入った。

 室内に入ってすぐ左手はお手洗いになっていて、正面は洗面所。

 右手に向かって歩くと、広々としたリビングダイニングがある。

 大きな窓から摩天楼を見下せる室内には、ライトグレーのL字型ソファがあり、黒くて大きなテーブル、そしてどでかい液晶テレビもある。

 同じ空間にはキッチンまであり、六人掛けのダイニングテーブルの他、窓辺に座って景色を楽しむためのチェアセットもある。

 階段を上がると、窓に面したキングサイズのベッドがあり、嫌でもテンションが上がる。

 上階はベッドルームの他、窓辺に浴槽があるバスルームと洗面所、お手洗いがある。

 アメニティは、イタリアブランドのアクア・ディ・パルマという物らしい。

 バスルームや洗面所は黒い壁で、落ち着きのあるラグジュアリーな空間でリラックスできるようになっていた。

「ふわぁー……」

 私が探検をしている間、尊さんはリビングのソファでチェックインをしていた。

 ペントハウス宿泊限定のサービスとして、二十四時間利用できるペントハウスラウンジに、時間は限られているけれどバトラーサービスもあるそうだ。

 キッチンの上には茶筒や、封筒に入った真空パックの茶葉、茶器がある。

 ミニバーにはワインセラーもあり、コーヒーメーカーの横にはコーヒーカップの他、ボトルに入ったコーヒー豆がある。発想がオシャンティだ。

 引き出しの中には食器の他、TWGのティーバッグやおつまみ等がある。

 リビングのテーブルの上には瓶に入った炭酸水、オリジナルステッカー、ホテルからの手書きメッセージもあった。

 テレビのリモコンすら木箱の中に入っているので、お洒落すぎる発想についていけない。

「すっごぉ……」

 あちこち探検しながら感想にならない感想を口にしていると、部屋にスタッフさんがやってきて、ウェルカムフルーツを運んでくれた。

 それを食べたあと、尊さんが提案してきた。

「ちょっと、ペントハウスの専用ラウンジ、行ってみるか」

「はい!」

 興味津々で返事をした私は、尊さんと一緒に部屋を出て廊下を進む。

 すると吹き抜けになった解放感溢れるラウンジがあり、冷蔵庫には紙パックの牛乳やジュース、カウンターの上にはお高級そうなお菓子が並んでいた。

 ラウンジには高級バーのようにお洒落なソファセットが並んでいるけれど、満席になるほど人が訪れる事はないそうだ。

 そもそもペントハウスが五部屋しかないので、基本的にゆったり利用できる。

 今は時間外だけど、ここでアフターヌーンティー、朝食、イブニングカクテルも提供されるそうだ。

 私はジュースを飲んで欲張りすぎない程度にお菓子を摘まんだあと、隣にあるジムを覗いてみる。
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