部長と私の秘め事
 胸板の上にムギュッと顔を押しつけてしまった私は、とっさに起き上がろうとする。

 けれど、「だーめ」と抱きすくめられ、脚を絡められてしまった。

「……ギ、ギブギブ」

 手を伸ばして目に見えないロープを触ろうとすると、その手もギュッと握られた。

「……今日、何か『嬉しい』って思ってくれた?」

 今までの軽快な会話の雰囲気から一転、涼さんは甘くかすれた声で尋ねてくる。

「~~~~っ、…………嬉しかった、です…………、けど…………」

 こういう感じにいまだ慣れていない私は、尻すぼみに声を小さくして答えた。

「『けど』?」

 言葉の先をほしがる涼さんは、私の髪をサラリと手で梳いてから耳に掛けた。

「……あ、あの。縦になりたいです。ちょっと……、苦しい。食べたばっかりだから」

 そう言うと、涼さんは「そうだね、ごめん」と言って、私を抱いたまま起き上がった。

 横になって密着した体勢からは脱せられたものの、いまだ彼とはくっついたままだ。

 しかも、座った涼さんの膝の上に、私が横座りしているというラブイチャ体勢だ。

「恵ちゃんの誕生日を全力で祝いたいけれど、当の本人がどう感じているか、フィードバックを聞きたいなと思って。……いや、でも恵ちゃんが『別れを考えるぐらい、本当に嫌!』って言わない限り、俺なりの祝い方はある程度容認してほしいと思っているけど」

「はぁ……」

 なんとなく、涼さんとの付き合い方も分かって来た。

 彼は私を大切にしてくれるし、嫌な事はしない。

 でも自分の流儀を大きく曲げるつもりもない。

 私の意見を聞いて、修正可能な所は要相談で変更する意思はあるけれど、基本的に「好きなようにやらせて」というタイプだ。

 良くも悪くも、人生を好きなように歩んできた人の思考と言える。

 でもグイグイと強引に我を通している訳じゃないから、嫌悪感はない。

(説明されて、時におねだりされて、折れて頷いてるのは私だもんな。……言葉が悪いけど、丸め込まれてるって言ったらその通りだけど、…………嫌じゃないし)

 私は自分がどう考えているかを少し整理し、ポツポツと言う。

「前にも言いましたけど、私は高価な物を欲しいとは思っていません。そもそも高価な物に魅力を感じていませんし。……でも、涼さんがおもてなししてくれるなら、受け入れたいと思っています」

「うん、ありがとう」

「んー……、服やジュエリーは、つけていく場所を選ぶから、沢山あっても困るので、そんなに拘らなくていいです。食事やお酒は美味しかったです。……でも、前に涼さん、言ってくれたじゃないですか。……物欲の世界から解き放たれた時、日々の生活の心配をしなくて良くなったら、何をしたいかって話。それで、涼さんは経験を大事にしてるって言いましたよね?」

「うん。覚えてくれてたんだね」

「……涼さんの話は、学ぶところが多いですから。これでも一応、尊敬してるんですよ」

「一応か」

 彼はクシャッと笑い、私の頭を撫でる。

「今回、気を使って朱里と篠宮さんと一緒に過ごさせてくれたの、凄く嬉しかったです。二人きりでこんな所に来たら、緊張してろくに楽しめなかったと思うし」

「ん」

「……明日は花火大会もあるし、色々重なってこういうプランになったと思いますけど、そんなにお金を掛けずとも、時間があったらドライブとか、海で遊んだりとか、そういうのもいいなって思います」

 希望を言うと、涼さんは嬉しそうに笑った。

「分かった」

「あと……」

 私は俯き、しばし口をモニョモニョ曲げて黙りこくる。

「ん?」

 目を瞬かせた彼を見て、私は覚悟を決めると、涼さんの耳元に顔を近づけ囁いた。

「色々、ありがとうございます。……お礼に、手とか口とかでしてあげてもいいですよ」

 真っ赤になって顔を離すと、涼さんは目を丸くしてポカンとしていた。

 ――間違えた!? やりすぎた!?

 ――攻めすぎて、好き者って思われてる!?

 ブワッと変な汗を掻いた私は、「今のなし!」と言って涼さんの膝の上から下りようとする。

「待って、待って、待って」

 けれど彼は私の腰を抱き寄せ、またストンと座らせた。

「ごっ、ごめんなさい! 今、ちょっと箪笥の角で頭ぶつけてきました。へっ、変な事言ってごめんなさい! わ、忘れてほしいので、鈍器で殴っていいですか?」

「ちょっと待って、落ち着こうか」

 涼さんはクスクス笑い、抱き締めた私の肩をポンポンと叩く。

(お礼にフェラはやりすぎた……!)

 恥ずかしさのあまり、消えてなくなりたくなった私は、両手で顔を覆って俯いた。
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