部長と私の秘め事
 ラウンジの外は暗くなりつつあり、夜に日本を離れると思うとドキドキと高揚感に包まれる。

 やがてフライト時間が迫り、私たちは搭乗する前にお手洗いに向かう事にした。

 広くて綺麗なお手洗いで用事を済ませ、リップを塗り足しておく。

 羽田からシドニーまでは九時間四十分、それから乗り継ぎの時間を置いて、シドニーからケアンズまで三時間十分のフライトらしい。

 目的地に着くのは、現地時間で明日のお昼過ぎとなる。

 なのでリラックスできる格好をしているし、メイクも日焼け止めと下地を塗った以外、眉毛を整えてリップを塗った程度だ。

 恵は日焼け止めと色つきリップで済ませている。

「ドキドキするね」

「綾子さんが言ってたけど、ケアンズってペリカンとかフラミンゴとか、フツーにその辺にいるんだって」

「そういえば、恵はアウトドアついでにバードウォッチングも好きだもんね」

「双眼鏡持って来た」

「抜かりなし! さすが!」

 笑い合いながらお手洗いを出ると、少し歩いたところで壁に寄りかかっている二人の男性がいるのを見かける。

 ビジネスクラスのラウンジにいるからには、お金を持っているんだろうけど、どちらかというとエリートとか、尊さん涼さんみたいな富裕層というより、なんだかギラギラした感じ。一言で言えばチャラそう。

(なんかやなのいた。……通り過ぎよう)

 口には出していないけれど、恵も同じ事を思ったようで、私たちはそれまでと変わらずキャッキャとお喋りをしながら、二人組の横を通り過ぎようとした。

「ねぇ、君たちどこに行くの?」

 ――――きた。

 二十代後半とおぼしき男性に話しかけられ、私たちは顔を見合わせる。

 無視して通り過ぎようにも、通路を塞がれている。

「俺たちこれから、動画配信でセブ島の高級ヴィラに行くんだ」

「はぁ……、そっすか」

 恵はわざとらしく腕時計を見て、気のない返事をする。

「今回は一緒に行けないけど、もし興味あったら今度一緒に行かない? これ、名刺」

 そう言って名刺を差しだされたけれど、トラブルの元になる物は手にしたくない。

「いや、いいです。興味ないんで」

「マジで~? 俺たち、世界中の高級ホテルとかファーストクラスとかで配信してるし、一緒にいると、一般人には分からないラグジュアリーな世界を見られるよ」

 いちいち腹立つ言い方だな。

「本当に興味ないんでいいです。フライトの時間が迫ってるので、この辺で」

 恵はそう言って、私の手を握って通り過ぎようとしたけれど、また通せんぼされてしまう。

「君たちレベル高いって言われない? 人生勝ち組の俺たちと一緒にいたら、もっといい経験できるよ?」

「そうそう! 人生レベルアップのチャンスだと思って! 俺らに声を掛けられるなんて、ラッキーって思わないと」

 うわあああああ……、もう……。

 うんざりして溜め息をついた時、通路の向こう側に尊さんと涼さんが現れた。

 私が大きく手を振ると、二人は背後を振り返ってギョッとする。

 彼らはせいぜい、身長百七十センチ後半ぐらい、体型も痩せ型、眉毛とかは整えているし肌も綺麗だけど、ぶっちゃけフツメン。

 それに対し、天然のセレブイケメンがライオンの如く歩いてきたので、本能的に自分との格の差を感じたようだった。

「何やってる?」

 尊さんは彼らを見て目を細める。

「通せんぼされてました」

 正直に答えると、二人はまたギョッとして私を見た。

「君たち、何やってる人?」

 涼さんが笑顔で尋ねる。なお、目は笑っていない。

「いや……、その……」

 二人がモゴモゴと言っている間、彼はピッと男性の手から名刺を取り上げた。

「ふーん、動画配信者なんだ。今度見させてもらうね。ついでに、マグネットくんから君らの評判でも聞いておくね」

 涼さんが言った〝マグネットくん〟とは、マグネット宮田というトップクラスの動画配信者だ。

 動画配信と言えばこの人の名前が必ず出る上、近年ではタレント扱いもされてテレビに引っ張りだこだ。

 資産は軽く億を超え、何かと災害があった時に物凄い金額の寄付をしている人でもある。

 二人は大物配信者と涼さんが友達だと知り、顔色を失っている。

「俺も動画、楽しみにしてる」

 尊さんが言い、分かる人には分かるボディランゲージ――、ピースサインで自分の両目を示し、それを相手の目に向ける――「見てるぞ」をする。

 二人は顔を引きつらせると、「ど、どうも……」と言って、足早に立ち去って行った。

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