部長と私の秘め事
 朱里と中村さんがパラセーリングを楽しんでいる間、俺はモーターボートに揺られて潮風を感じていた。

 と、涼が話しかけてくる。

「正直、冬じゃなくて夏のケアンズのほうが、外で水着になれるし良かったかな~? って思ってたけど、冬でも悪くはないな?」

「まぁな。夏に来れば汗だくになるし、日焼けもする。これぐらいで丁度いいよ」

「そうだな~! 恵ちゃんの肌が焼けちゃう!」

 俺はすっかり中村さんに骨抜きになった親友を見て、クスッと笑う。

「『ケイに首ったけ』?」

 映画のタイトルをもじると、涼は横を向いてブハッと噴き出す。

「ちょ、やめ……。恵ちゃんの髪に俺のアレをつけさせたくない」

「そっちじゃねーよ。馬鹿だな」

 元ネタになった『メリーに首ったけ』というコメディ映画では、主演のキャメロン・ディアスが、それと知らずに精液をヘアクリームだと勘違いし、髪の毛がガビガビに固まったまま、澄ました顔で立ち去って行くシーンがある。

「そういや、カジノで稼いだ金、どうする?」

「あー、だな。こっちで綺麗に使っちまいたいよな。考えておいてほしいって言ったけど、多分、何にも考えてないだろうな」

「だよなー。本当に恵ちゃん、無欲だし……。見たか? 朱里ちゃんと道路標識のキーホルダー買って、ホクホクした顔してたの。可愛いけど……、無欲すぎる」

「マジ無欲。たまに困るよな。こっちで決めても『そんな高価な物……』ってドン引きするし」

「まぁ、そういうものに慣れない所が二人のいい所なんだけどね。でももっと、甘えてほしいし、欲しい物があったら言ってほしいな~って思うけど、言わない所が恵ちゃんの良さでもあるんだよな」

「朱里は飯食わせてれば『幸せ』って言うから、食欲もいいんだけど、たまには食以外に欲を見せてほしい」

「きっとバッグとか買っても、使ってくれないだろうなぁ……。クローゼットにある服も、ほとんど着てなくて、デニムとかTシャツとか、そういうのは渋々着てくれてるけど」

「俺らのエゴを押しつけすぎても、駄目なんだろうな」

「猫ちゃんに可愛いおべべを着せてあげたいけど、実際の猫ちゃんはよく動くし、お転婆だしな。本猫には邪魔なだけって事が多い」

「本人の望みを叶えてやりたいって思っても、基本的に『日々満たされてる』しか言わんしな。……細やかな物欲が全部叶ったら、人間って無欲になるんだろうか?」

「どうだろうね? 俺はまだまだ、色んな所に行って体験したいって思ってるけど。人として生まれた以上、欲と無縁で生きるなんて無理だよ」

「確かに」

 俺も涼も、「金さえあれば~できるのに」という感情は抱いていないが、望めば大抵の事は叶う身の上でも一応欲は持っている。

「まぁ、こうやって旅行に連れて行く事や、ビジネス、ファーストに乗るっていう体験は、遠慮しようとしてもできねぇだろ。体験系は『高価だから気が引ける』とか『勿体ない』『贅沢』っていう感情と少しズレた所にある。『実際に行ってみたい』『楽しみたい』っていう欲が勝れば、こっちのもんだよな」

「だなー。とりあえず、体験系なら俺たちも一緒に楽しめるし、一番いいのかもね」

 結論が出たあと、俺たちは同じタイミングで顔を見合わせる。

「……目下の所、問題はカジノの金の使い道だ」

「それな」

 俺たちが頷き合った頃、スタッフが立ちあがってワイヤーを回し始めた。

「お。お猫様たちが天空の散歩から下りてくるぞ」

「二回目だし、朱里ちゃんとだから、きっと楽しんでくれただろうな~」

「おい、中村さんに塩対応されてるからって、最近ちょっと自虐入ってるぞ」

「あはは! いーのいーの、それも含めて楽しんでるから」

 そんな会話をしつつ、俺はキラキラした笑顔で「楽しかった~!」と歓声を上げる朱里を迎えた。



**



 岸に着いたあと、私たちはスタッフに別れを告げ、お昼を食べる事にした。

 グリーン島で食べる所というと、島唯一のレストランに行く事になる。

 オープンテラスというか、屋根はあるけれど壁のない席で、持ち込みした物を食べてもいい場所で結構のどかだ。

 張り切ってボリューム満点のランチを……、といきたいところだけど、私たちはダイビングを控えているので油物はとれない。

 油物を食べると具合が悪くなってしまう上、満腹でダイビングすると、水圧で横隔膜が押されて肺や心臓を圧迫し、呼吸がうまくできなくなる可能性があるのだ。

 なのでサラダをちみちみと食べる事にした。

「朱里、漲る食欲はディナーまでとっておけ」

「人を危険物扱いしないでくださいよ。これぐらい我慢できます」

 私はぶーっと膨れて言い返す。

「夜になる頃には、ブラックホールが誕生してるんじゃない?」

「恵まで! 遺憾なり~!」

 私がポカポカと彼女を叩くと、恵は声を上げて笑う。

< 702 / 721 >

この作品をシェア

pagetop