ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 恋人役を引き受けてしまってから一週間が経った。
 イミテーションラブ。恋愛の真似ごと、模倣。そういうものを職場の上司と演じることになるなんて、想像すらしていなかった。それなのに。

『悪いようにはしないから』

 以前そんなことを言っていたけれど、私の思い違いだったかもしれない。そう感じてしまう程度には、沓澤代理のその後の対応は、完全に――いわゆる〝塩対応〟だ。
 帰宅時に並んでオフィスを出た後、塩対応は一気に顕著となる。
 沓澤代理は私の肩以外には触れない。手を繋ぐことももちろんない。その辺は徹底してくれていた。私に対する心遣いなのかどうかまでは分からないけれど。

 オフィスを出て、最初の交差点を曲がる。
 その直後、いつもそれは同じタイミングで訪れる。

「じゃ」
「あっ、はい。お疲れ様です……」

 お疲れ様、のひと言もない。
 私の歩幅に合わせるようにゆっくり進められていた歩みはすぐさま速度を増し、あっという間に、沓澤代理は私から離れていく。
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